2017-01-01から1ヶ月間の記事一覧

『楽園のカンヴァス』

原田マハ『楽園のカンヴァス』新潮社2012年8刷を読んだ。帯にはデカデカと「山本周五郎賞受賞作」の字が踊る。 アンリ・ルソーが最晩年に描いたとされる幻の絵画を前に二人の研究者、アメリカ人男性と日本人女性がその真贋を熾烈に競う。 そこに絡まる名誉欲…

禍転じて

東京新聞朝刊「作家の人生相談本」中村陽子が面白い。三冊を紹介。北方謙三『試みの地平線─伝説復活編』 講談社文庫は措いて佐藤愛子『役に立たない人生相談』ポプラ社。 《 〈いい男と結婚したいんです!〉という二十代の女性には〈結婚に失望がつきものな…

『三題噺』

加藤周一『三題噺』ちくま文庫2010年初版を読んだ。三短篇を収録。下記の一節に心が動いた。 《 私が詩仙堂の庭を歩くのは、これがはじめてではない。その季節は必ずしも春ではなかった。 しかし私はいつもそこに一種の春の和らぎ、あたたかく寛いだもの、身…

『牟田刑事官殺人簿』

石沢英太郎『牟田刑事官殺人簿』天山文庫1988年初版を読んだ。「領置調書」「捜査関係事項照会書」「送致書」 「自首調書」「検視調書」「証拠金品総目録」「押収品目録」の七篇を収録。題名は実際にある捜査ファイルの名前。 前半の四篇は牟田が主役。『牟…

『牟田刑事官事件簿』

昨日ふれた石沢英太郎『牟田刑事官事件簿』講談社文庫1982年初版を読んだ。「予断」「裁決質問」「警官と性 (セックス)」「密告」「師走の『ナポレオン』」「牟田刑事官最後の事件」の六篇を収録。 《 刑事官はあくまでスタッフ的な役割で、課長はラインす…

『プュシュケの震える翅』

永らく貸してあった林由紀子 銅版蔵書票集『プュシュケの震える翅』レイミアプレス2010年を返してもらう。 久しぶりに手にして、こんなに良い本だったか、と驚く。昨日ふれた『教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー 幻想小説集』国書刊行会と同じく上品で瀟…

『トレント最後の事件』

E・C・ベントリー『トレント最後の事件』創元推理文庫1973年2刷を読んだ。1913年の発表。その冒頭。 《 ほんとうに重大なことがらと、外見だけのものとを正確に判断することは、われわれ凡人にとっては至難のわざと いうべきであろう。 》 この一文で読む…

漆黒または暗黒の回廊

雑誌『終末から』第九号・終刊号筑摩書房1974年。表紙絵は味戸ケイコさん。椹木野衣が『日本美術全集 第19巻 戦後〜一九九五 拡張する戦後美術』小学館2015年に収録した作品、ということは既に何度も書いた。17日に引用した 大岡信と椹木野衣の文を再掲。 《…

月曜日は出たくないが

去年から今年をまたいで労作と言える長大な論考を読んできて、まるで長い船旅を終えて着いた港の近郊で旅の疲れを 癒やしている気分。滞在する宿の近辺を散策、探索するよりも、宿でくつろぎ、長旅の体験を回想するほうに心は傾く。 わしも老いたか。そりゃ…

日曜日は出たくない

強風にかこつけ野外作業への参加は見送ったが、昨日の案内中に見てしまった三島梅花藻の里の奥のヒメツルソバを昼前に抜く。 やれやれ。 食料の買いもの以外外出しない一日のつもりだったが、見てしまったものはしょうがない。 なにもしない一日、のはずだっ…

『現代芸術の地平』九

市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版を読み進める。 《 もう一つは系統的な「思考の錯乱」によって、本質直観への固執を破砕し、想像力の臨界にせまることである。 そもそも明確に語りうるものだけを語ること(ヴィトゲンシュタイン)は、規定し、論…

『現代芸術の地平』八

とんでもない間違いをしていた。現代美術ではなく『現代芸術の地平』だった。 市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版、「他者による顕身」を読んだ。鈴木忠志を軸にした演劇論。 《 不自然で抑圧的な体のつめ方を伝統芸術が工夫してきたのは、精神を騙…

『現代芸術の地平』七

市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版、「可能態の充実──観世寿夫追悼──」を読んだ。 観世寿夫の能をめぐる論考だが、そこから別の方へ思索が向かう。 《 ヨーロッパ流の演技にしろ演者が「我見(がけん)」(主観的な観方)でいいわけがない。見所(…

『現代芸術の地平』六

昨日の大岡信の引用が気になり今日も探索。見つからなかったが、『表現における近代』岩波書店1983年初版収録の 「創造的環境とはなにか」にぐっと惹き込まれた。最初のページの一節。《 私自身の直観的理解によれば、「中心」を「周縁」と対比して論じるこ…

『現代芸術の地平』五

市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版、建築についての論考「空間について」「コスモロジーなき時代の住処」 を読んだ。1980年発表の後者から。 《 こうした建築に好んで用いられるガラス・カーテン・ウォールは、理念的には内外空間が無差別につなが…

『現代芸術の地平』四

市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版、「現代芸術の境位」「現代芸術の可能性」1977年発表を読んだ。後者から。 《 より自由な方向がもとめられるのは、型の可能性がくみつくされ、形骸化して、型破りによらなくては意味のある表現を 生みだせなくな…

『現代芸術の地平』三

市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版、「可能的世界による発見──想像から知覚へ」1967年発表を読んだ。 《 芸術は、われわれが実用という限定から解放され、自由な仕方で世界とかかわり、可能的世界での受肉を実現する 形式である。したがって芸術の…

『現代芸術の地平』ニ

市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版、「芸術が開く世界」1968年発表、「感性の拡大のために──感覚についての二章」1976年発表を読んだ。目から鱗が落ちたり、じつに刺激的な論述だ。当時読んでも理解できなかった。この本が出た 1985年でも、どこま…

『現代芸術の地平』一

市川浩『現代芸術の地平』岩波書店1985年初版を少し読んだ。 《 ヴァレリーの『エウパリノス』の舞台は、黄泉の国の、亡霊さえも訪れることの稀な辺境である。ほかの霊からも ほど遠く、時の河が流れるこの国の果てに隠棲したソクラテスをパイドロスが訪れる…

巨大なキティ

デカければいいという思い込みが現代アート界に蔓延している気がする。実物大ガンダムとかはさておき、巨大な 黄色いアヒルとか。それは街並みをも背景として取り込んだパブリックアートと称されている。 http://www.hetgallery.com/rubber-duck-project.htm…

「知られざる木版画絵師 小原古邨」

昨日購入した市川浩『現代芸術の地平』の「あとがき」から。 《 熱狂的な流行のあと、あっという間に忘れ去られてしまう作品がある。流行の波にのって生み出されながら、今なお 新鮮に生きている作品がある。流行のさきがけをなす作品がある。情況に敏感に反…

『述語的世界と制度』「補章 場所から述語的世界へ」ニ

中村雄二郎『述語的世界と制度』岩波書店1998年初版、「補章 場所から述語的世界へ」を読んだ。『述語的世界と制度』 を一応読了。凄い本だ。どこまで理解できたか、どこまで理解できなかったか。そんな境界線を引けるわけではないが、 後日再読して理解の境…

『述語的世界と制度』「補章 場所から述語的世界へ」一

中村雄二郎『述語的世界と制度』岩波書店1998年初版、「補章 場所から述語的世界へ」を少し読んだ。それまで以上に 濃密。で、とば口を。 《 そこでこんどは、〈弱い思想〉と私のいう〈パトスの知〉や西田[幾多郎]のいう〈場所の論理〉との関係であるが、 …

『述語的世界と制度』「第五章 自己・言語・生命」三

中村雄二郎『述語的世界と制度』岩波書店1998年初版「第五章 自己・言語・生命」を読んだ。市川浩のことばが紹介 されている。 《 同様に、近代劇が平板になった一因は、しだいに他者を切り捨ててきたからである。近代劇は、神という他者を切り捨て、 コロス…

『述語的世界と制度』「第五章 自己・言語・生命」ニ

中村雄二郎『述語的世界と制度』岩波書店1998年初版「第五章 自己・言語・生命」。昨日の引用の前後を再読して 別のくだりに目が留まる。 《 このように民衆の道理は、〈背後の思想〉のうちにも見られる。背後の思想とは、生半可な識者たちが見抜けなかった…

『述語的世界と制度』「第五章 自己・言語・生命」一

深沢幸雄氏の銅版画の値段は、長谷川潔、浜口陽三に較べて格段に安い。氏の一番大きい作品、75センチ×50センチ大で 新作の値段は15万円。仄聞するところ、氏の意向でずっとそのままだった。値段が高いのがいい作品だと思い込む多くの人たち。 「こんなにいい…

深沢幸雄さん死去 │ 闘病の大岡信さん

《 深沢幸雄氏(ふかざわ・ゆきお=銅版画家、多摩美術大名誉教授)2日、老衰のため死去、92歳。山梨県出身。 通夜は7日午後6時から、葬儀・告別式は8日午前11時から千葉県市原市牛久848の1、セレモニーホール白水会館で。 喪主は長女暁子(あき…

『述語的世界と制度』「第四章 他者・暴力・時間」四

「第四章 他者・暴力・時間」最後のニ節「七 〈運命的な暴力〉と〈呪われた部分〉」「八 力・権力・暴力」は、 ワルター・ベンヤミン〈運命的な暴力〉とジョルジュ・バタイユ〈呪われた部分〉そしてエマニュエル・レヴィナスの三者の論を 軸に論述が進む。 …

『述語的世界と制度』「第四章 他者・暴力・時間」三

中村雄二郎『述語的世界と制度』岩波書店1998年初版「第四章 他者・暴力・時間」を少し読み進める。 《 その一つとして、私が──〈述語性〉を問題にしている観点から──とくに注目したいのが、レヴィナスの哲学が 〈他者性〉のとらえ方において精密化し、洗練…

『述語的世界と制度』「第四章 他者・暴力・時間」ニ

2017年、平成29年。滑らかに口から出る時には年が改まっているだろうな。 昼前、自転車でブックオフ函南店へ。風が凪いで心地よい。何もなかったけれど、帰りは真正面に富士山。壮観。 昼過ぎ、友だちから電話。どこか行った?と訊かれたので、答えた…