甘味処「銀月」(閑人亭日録)

 昨日話題にした甘味処「銀月」についてドイツ文学者の種村季弘(すえひろ)氏がエッセイ集『晴浴雨浴日記』河出書房新社1989年3月28日初版発行に書いている。

《 竹倉の富士山
  某月某日
  三島の修善寺広小路駅前に、三島名物のうなぎ屋「桜家」がある。その真前に、これも三島名物の団子屋「銀月」がある。その銀月のほうに朝七時の開店そうそう、きまってお団子とお赤飯を買いにくるおばあさんがいる。
  おばあさんはお団子とお赤飯が大好きなのだ、といってしまえばそれまでである。しかし毎朝のように、それも開店そうそうシャッターのあくのを待ってまで、お団子とお赤飯というのは、これは尋常なことではない。これにはなにか深いわけがあるのにちがいない。
  銀月の若主人、越沼正さんはかねてそう考えていた。そこへある日、おばあさんが問わず語りにお団子とお赤飯の使い道を打ち明けてくれたのであった。
  「お団子はおやつですよ。これが大好きでな。お赤飯かな。これはお弁当。竹倉温泉でお昼にいただくのですよ」
  なんでもおばあさんは、銀月前からバスにのって「竹倉温泉」に行き、そこで温泉につかり、お団子を食べ、お昼になるとお赤飯の弁当を食べてまた温泉につかり、そして暗くなった頃にまたバスで三島に帰る。そういう日常をくり返しているのであるらしい。そのスタート点が広小路銀月なのであった。 》 77-78頁