2020-01-01から1ヶ月間の記事一覧
坪内祐三『考える人』新潮文庫2009年初版、後半を読んだ。幸田文の章。 《 けれど幸田文は違いました。 幸田文は、当時、既に過去の作家でした。 》 174頁 《 だれも予想できなかったでしょう。幸田文がこのように再評価されることになるとは。 いや、それは…
坪内祐三『考える人』新潮文庫2009年初版を読んだ。十六人の「作家・評論家の著作とその背景を読み込み、それぞれ独特の思想の軌跡を追体験しようとする」。 前半の八人を読む。武田百合子の章。 《 ところで、武田百合子の最高傑作である『犬が星見た──ロシ…
眞鍋呉夫句集『月魄(つきしろ)』邑書林2009年初版を再読。以前読んだ記憶はないのだが、難読漢字に鉛筆でルビを振ってある。私の字だ。 雪女、白桃、去年今年など『雪女』と重なる言葉が多い。繰り返しではなく、観照が一層深まった感がある。ま、私的感想…
『雪女』を読んだ。森万紀子の長編『雪女』新潮社1980年刊ではなく(これはこれで印象深かった)、昨日ふれた眞鍋呉夫の句集『雪女』冥草舎1992年刊を読んだ。 全編を読んだ印象は、遠心力と求心力がどちらか一方に偏るのではなく、遠心と求心とがうまく兼ね…
E・M・シオラン『生誕の災厄』紀伊国屋書店1976年初版を最後の頁から逆に続けて読む。 《 本質的なものへ迫ろうとすうrのは、試合を棄てることであり、敗北を認めることである。 》 237頁 《 私はもう賢者たちの著作を読むまいと思う。彼らはひどい悪事を…
雨。用もないので起きたくなるまで寝る。十一時間ほど寝た。体は軽快に動く。疲れの垢も澱(おり)もすべて抜け落ちたよう。すっきり。 午後雨が止んだ街を散歩。景気底冷えの気配。帰宅。炬燵でぬくぬくしてE・M・シオラン『生誕の災厄』紀伊国屋書店1976…
JR横浜線成瀬駅そばの「ギャルリー成瀬17」で昨日から開催された上條陽子作品展へ行く。題が「マグマ」。画廊へ着き、暫くして上條さん来廊。握手。 入って右手の壁面は、案内葉書の作品。正面は丸い形状が重なり連なる、同じく赤色の作品。左の壁面と入…
反出生主義とかいう言葉を最近目にするので、E・M・シオラン『生誕の災厄』紀伊国屋書店1976年初版を久しぶりに手にする。付箋が一つ貼ってある。 《 美徳よりも、悪徳を抱いて生きるほうが屈託がなくてよい。悪徳は本来、気安いものであって、助けあいを…
川村湊『異郷の昭和文学──「満州」と近代日本』岩波新書1990年初版を読み進める。 《 島木健作は、和田伝のように、”既墾地である開墾地”といった奇妙な虚構性に惑わせられることなく、開拓民の入植した土地が、満人農民から何らかの手段で購入 あるいは交換…
川村湊『異郷の昭和文学──「満州」と近代日本』岩波新書1990年初版を少し読んだ。 《 おそらく、日本人にとって最も苦手なのは、こうした多様で混沌とした共存、共在の関係だろう。言語も風習も価値観も、てんでに違う民族が、それぞれの文化や風俗を 守りな…
寝る子は育つというが、よく寝たせいかすっきり目覚め。体調は恢復へ。うむ、若くはないが、老人ほどではない。ま、無理せずゆっくり過ごす。あ、夜。 ネット、うろうろ。 《 朝起きて、ちょっとうかうかしていると、夜になってしまう今日このごろ。 》 赤城…
朝、源兵衛川中流三石神社の、14日に作業した場所の上流の茶碗のカケラ、ガラス片を拾う。狭い範囲だけれど、土のう袋は重くなる。帰宅。一汗。下着を着替える。 そこへ来客。遅めの昼食。食後横になって気づいた。冷たい川に入って腰をかがめて一心にゴミを…
何日か根を入れていたせいか、大したことのないオツムとカラダが(ワタクシ的には)お疲れ気味。きょうはオツムとカラダのの休養日。オツムのことはわからんけど、 カラダは正直。休みたがっている(よな)。ぶらぶら過ごす。 午後七時、外を見ると道路が濡…
『江戸にフランス革命を!』青土社1989年初版収録、「安治と国芳──最初の詩人と最後の職人」続き。 《 明治になって、浮世絵というところでは、対象の変化と表現手段の変化と受け手の変化という、三つの変化が同時に起こる。現実は代わって行き、その現実を…
昨日引用した橋本治の「解説」の前の文章を。下村槐太の句「河べりに自転車の空北斎忌」について。 《 私が見た「絵」は、朱紅の空を背景にして高くそそり立つ、暗い河原の土手である。その上に頑丈な荷台を持つ自転車が一台立っている。人の姿はなくて、向…
眼の届くところに面陳で置いてある塚本邦雄『百句燦燦』講談社文芸文庫2009年3刷を手にする。加藤郁乎(いくや)「あヽ 亜麻色の初花のともぐひ」について。 《 作品は智慧競べを挑むことはあつても生半可な挨拶など決して迎へはしない。 》 161頁 と書く著…
「坪内祐三さん死去 61歳」。絶句。読もうと思っていた神藏良子『たまもの』ちくま文庫2018年初版を開く。二枚目の写真が「坪内祐三 河田町T病院 2000年12月2日 」。ベッドに仰向けで、まさしく病人、虚ろな目。 《 二〇〇〇年十二月二十八日 T病院にむか…
読了した本はほどなく本棚などへ戻すものだが、谷川渥『形象と時間』講談社学術文庫1998年初版だけはいまだに目の届くところにある。そして表紙の彫刻 『サモトラケのニケ』を見る。 http://musee.louvre.fr/oal/victoiredesamothraceJP/victoiredesamothrac…
届いたCDプレーヤー、同じ価格帯の後継機、DENON「DCD-800NE」をセッティング。ただ据え置くだけでなく、四隅の足の下にはブチルゴム、テフロンシートで 自作した防振装置を挟み込む。上には鉛棒、ブチルゴム、テフロンシートで自作した重しを乗…
1988年かな、種村季弘氏から未知の画家木葉井悦子さんの個展案内が届いた。銀座の画廊春秋へ。一通り絵を拝見し、画家に感想を述べた。「病み上がりの絵ですね」。 木葉井さんはえらく喜んだ。以来お付き合いが始まった。中野駅南口にあった中野虹画廊の個展…
111ぞろ目の日。故・木葉井悦子さんの画集『うみはぎなみほどき』トムズボックス1993年11月1日限定111部刊行のうち、11番の本を開く。吉祥寺北口にあった小さな店 トムズボックスで購入。副題「一九八六年三月二九日 - 一九八七年四月一七日」。全編細か…
昨日の知人女性のお宅で見た、壁に掛けてある彼女の絵は以前から見慣れたものだが、椅子の後ろの床に立て掛けてあった十号ほどの風景画に一目で惹かれた。前景には コスモスだろう、十本ほどが描かれ、後景には二階建てだろう人が住んでいない気配の四角い建…
山口昌男『知の自由人たち』NHKライブラリー1998年初版、後半を読んだ。 《 今日の学問の形は、一定のパラダイムのなかで、一群の事実に上下関係と因果関係をもたせて、事実間の階層秩序を特定するもので、それは実験を基礎におく近代科学に立脚するもの…
『内田魯庵山脈 〈失われた日本人〉発掘』を長歌とすれば短歌にあたる『知の自由人たち』NHKライブラリー1998年初版、前半を読んだ。「まえがき」から。 《 私はここ十数年、日本近代をエリートの側からのみ見るのではなく、社会的には敗者(典型的には”…
山口昌男『内田魯庵山脈 〈失われた日本人〉発掘』晶文社2001年初版、「33 『本屋風情」遺聞」を読んだ。 《 引用の後半は、魯庵の一出版人に示した誠実な対応といってもよい。これだけなら、別に珍しくもない、ありふれたことである。ところが、この記述が…
山口昌男『内田魯庵山脈 〈失われた日本人〉発掘』晶文社2001年初版、「30 広告の現在と近い未来」を読んだ。 《 魯庵が広告ならびに宣伝に並々ならぬ関心を抱いていたということはよく知られている。 》 468頁上段 《 魯庵は広い意味で文化史という言葉が使…
山口昌男『内田魯庵山脈 〈失われた日本人〉発掘』晶文社2001年初版、「III 魯庵のこだま」、「26 『バクダン』を読む──文化史家魯庵」を読んだ。 《 『バクダン』の題名については魯庵自身が凡例において、『獏の舌』に続いて刊行されたことを考慮にいれて…
山口昌男『内田魯庵山脈 〈失われた日本人〉発掘』晶文社2001年初版、「20 ハイブラウ魯庵の敗北──三田平凡寺」を読んだ。 《 この文章の中で、平凡寺は漱石、緑雨、鏡花、浪六、外骨、(青柳)有美、一茶、寒月などの皮肉について一言で定義しているが、「…
山口昌男『内田魯庵山脈 〈失われた日本人〉発掘』晶文社2001年初版、「II 魯庵の星座」、「18 地方を結ぶ「いもづる」ネットワーク」を読んだ。 《 この号の「趣味往来」にはにぎにぎしく同人の投書を掲載している。(中略) 二年や三年で趣味の真味が判つ…
山口昌男『内田魯庵山脈 〈失われた日本人〉発掘』晶文社2001年初版、「15 本と物への執着の話──沼波瓊音(ぬなみ けいおん)」を読んだ。 《 この文章で取り上げられているもう一方の人物岩本素白は、(中略)近世随筆文学の大家であるということは知ってい…