墓碑・記念碑(閑人亭日録)

昨日の加守田章二展を見て、不遜な言葉が浮かんだ。ずらっと並んだ陶芸作品の印象だが、今朝「墓碑」という言葉が浮かんだ。 時代に埋没している作品=墓碑(的作品) 時代を超越している作品=記念碑(的作品) 墓碑で思うのが、忠魂碑。戦没者を慰霊する石…

『鈴木大拙』四(閑人亭日録)

竹村牧男『鈴木大拙』創元社2018年初版を少し読んだ。《 西洋の近代文明の背景に、科学・技術の発展がすことは周知のことです。(引用者・略) その立場は、まさに divide and rule の立場そのものです。ここでのruleは名詞ではなく動詞で、支配するという意…

『鈴木大拙』三(閑人亭日録)

竹村牧男『鈴木大拙』創元社2018年初版を少し読んだ。《 大拙は、華厳宗の「事法界(じほっかい)・理法界(りほっかい)・理事無礙法界(りじむげほっかい)・事事無礙法界(じじむげほっかい)」の四法界における 事事無礙(じじむげ)という思想を、大乗…

『鈴木大拙』二(閑人亭日録)

竹村牧男『鈴木大拙』創元社2018年初版を少し読んだ。《 大拙の浄土真宗研究は、やがて禅と浄土真宗とが一つに結ばれている地平を見出すものとなりました。私たち日本人がこの島国で何百年間、一緒に暮らしてきて、 そこに共通の宗教意識をはぐくむことにな…

『鈴木大拙』(閑人亭日録)

竹村牧男『鈴木大拙』創元社2018年初版を少し読んだ。《 そして、私たちのいのちの根底には、すべてを受け入れる母性愛のような心があることにも言及し、「西洋の愛には力の残りかすがある」とも指摘するのです。 》 17頁 昨日読んだ鈴木大拙『禅』、「第七…

『禅』三(閑人亭日録)

鈴木大拙『禅』ちくま文庫2006年11刷、「第六章 実存主義・実用主義と禅」を読んだ。《 実際、禅は生命そのものであるから、生命の構造をなすものすべてを含んでいる。すなわち、禅は詩である、哲学である、道徳である。生命の活動のあるところ、 どこにでも…

『禅』二(閑人亭日録)

鈴木大拙『禅』ちくま文庫2006年11刷、「第五章 禅指導の実際的方法」を読んだ。《 禅の哲学のいうところによると、われわれはあまりにも因襲的考え方、すなわち、徹頭徹尾二元的な考え方のとりこになっている。 》 129頁《 さきにも言ったように、禅は知性…

『禅』(閑人亭日録)

鈴木大拙『禅』ちくま文庫2006年11刷、前半を読んだ。《 禅においても、仏教の他のすべての宗派と同じように、カルナー(慈悲)とブラジュニャー(智慧)が車の両輪のように、ともに働く。 》 「第一章 禅」 16頁《 禅の真理はこのようなものであるから、そ…

「美」について(閑人亭日録)

睡眠中うつらうつらして美のことが浮かんだ。 「美」についての今の考え。 ・「美」は世界認識の更新を惹き起こすことである。 ・「美」は独立した概念である。 ・「美」は美醜に関係しない。醜の対概念ではない。 ・「美」は「美しい」とは関係性が無い。 …

曇天ときどき小雨(閑人亭日録)

曇天ときどき小雨。心身も曇天ときどき小雨。というか低調。丁重に動くしかない。そろそろと歩く。ときどき小休止。 昼食後、友だちとバスに乗車。ショッピングモールへ。バス代170円。私はダイソーで三個百円の羊羹を大人買い。ときおりなぜかこの羊羹を食…

加藤郁乎、中井英夫、種村季弘(閑人亭日録)

青春の先達、加藤郁乎、中井英夫、種村季弘。 俳句の加藤郁乎(いくや)。『加藤郁乎詩集』思潮社1971年10月20日初版、「自分よ、お前は…」から。《 四つで思い出したが、先日、静岡県三島市の一青年から『荒れるや』には『四運動の理論』などが出没している…

『モンガイカンの美術館』四(閑人亭日録)

南伸坊『モンガイカンの美術館』朝日文庫1997年初版、残りを再読。《 「現代版画はどいつもこいつも二枚目である」 》 311頁《 いったい、三枚目なる現代版画というのは、可能なのであろうか? 》 312頁 このギャグが今、平成生まれに通じるだろうか? イケ…

『モンガイカンの美術館』三(閑人亭日録)

南伸坊『モンガイカンの美術館』朝日文庫1997年初版を少し再読。引用したい箇所が多すぎる。《 しかし、私は岡本太郎の絵は好きではない。 》 173頁《 岡本太郎さんのサービスは、いくぶんリクツでするほうに傾いているようで、やってしまったものより、いっ…

『モンガイカンの美術館』二(閑人亭日録)

南伸坊『モンガイカンの美術館』朝日文庫1997年初版を少し再読。引用したい箇所が多すぎる。《 私はポップアートの作品を見た時に、お値段と関係なく、ひどくしっくりと気に入る感じがあったので、で、ポップが好きになったのだったが、これはつまり、 この…

『モンガイカンの美術館』(閑人亭日録)

南伸坊『モンガイカンの美術館』朝日文庫1997年初版を少し再読。1983年に情報センター出版局から出た元本を読んで面白かったので、誰かに貸したら戻ってこない。 誰だったか忘れてしまった。この文庫が出てやっと再読。久しぶりにまた少し読んだ。やはりオモ…

「三連画」(閑人亭日録)

昨日読了した布施英利『パリの美術館で美を学ぶ』のくだり。《 キリスト教の伝統的な絵画の展示法に「三連画」というのがある。3枚の絵を一組として、一つの絵画世界を作るという手法だ。 》 249頁 布施は、ダ・ヴィンチの絵で三連画を夢想する。中央に『聖…

『パリの美術館で美を学ぶ』三(閑人亭日録)

布施英利『パリの美術館で美を学ぶ』光文社新書2015年初版、「第5章 美のある暮らし」「第6章 さらに、こんな美術館も」「第7章 パリの郊外へ」「第8章 南フランスへ」を読んだ。《 セザンヌの絵は、アトリエという概念を描いた、抽象画なのだ。セザンヌ…

『パリの美術館で美を学ぶ』二(閑人亭日録)

布施英利『パリの美術館で美を学ぶ』光文社新書2015年初版、「第2章 20世紀アートへ」を読んだ。《 絵画において、色は「目でみる」もので、言葉でみるものではない。 》 78頁《 美というのは、きれいとか、単に美しいということではない。たとえばこのよう…

『パリの美術館で美を学ぶ』(閑人亭日録)

布施英利『パリの美術館で美を学ぶ』光文社新書2015年初版、「第1章 西洋美術の入門」を読んだ。なかなか面白い。《 絵の見方は自由なのだ。 》 22頁《 ただ「きれい」なのが美ではない。もちろん、この後に続くロココの時代の美術など、いかにもフランス的…

前世紀に全盛期(閑人亭日録)

西岡文彦『ピカソは本当に偉いのか?』新潮新書2012年初版を再読してヨーゼフ・ボイスの記事「戦後を代表するドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイス 偽りだらけの過去」を 思い出した。https://www.swissinfo.ch/jpn/culture/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E4%BA%BA…

ピクセル、アミ点、木版画(閑人亭日録)

昨日の西岡文彦『ピカソは本当に偉いのか?』新潮新書2012年初版で、ピカソとは別に印象に残った箇所。《 パソコンで見る画像の特徴は、それがすべてピクセルつまりは画素という極小の正方形のユニットで形成されていることにあります。(引用者・略)柔らか…

『ピカソは本当に偉いのか?』(閑人亭日録)

西岡文彦『ピカソは本当に偉いのか?』新潮新書2012年初版を再読。帯の惹句が煽る。《 「あんな絵」に/どうして/高値がつくの?/みんなホントに/わかってるの?/アート界の身勝手な/理屈をあばいた/「目からウロコの/芸術論」 》《 ミダスの魔力は酒…

芸術とは(閑人亭日録)

昨日の続きで月刊『太陽』平凡社1993年11月号、特集「現代美術入門講座」を開く。表紙は村上隆の『B.P.〈バカボンのパパ〉』。いかにも。ざっくり読んだが、以前 読んだ時と同様、最初の横尾忠則「美術館は直感で見ろ」だけに共感。川村記念美術館での感想…

三十年経つと(閑人亭日録)

昨日の拙ブログで”三十年経つと”云々と書いた。月刊『太陽』平凡社1991年8月号、特集「現代美術のアトラス」を開いた。表紙は舟越桂の木彫『森へ行く日、1984』。 構成・文 谷川渥「現代美術のトポグラフィー」で作品が紹介され、椹木野衣・編集『日本美術全…

『アヴィニョンの娘たち』『歓』(閑人亭日録)

パブロ・ピカソ『アヴィニョンの娘たち』1907年作、油彩画、243.9×233.7cm https://artmuseum.jpn.org/mu_avinyon.html 上條陽子『歓』1989年作、混合技法、22.7×16cm この画像はないので参考に拙サイトの画像を張っておく。 http://web.thn.jp/kbi/kamijo.h…

『存在の耐えられない軽さ』九(閑人亭日録)

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』集英社1996年7刷、「第VI部 大行進」「第VII部 カレーニンの微笑」を読み、読了。うーむ、深い小説だ。1984年刊行。 千野栄一「訳者あとがき」から。《 一九二九年チェコスロヴァキアのモラヴィアの中心都市ブル…

『存在の耐えられない軽さ』八(閑人亭日録)

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』集英社1996年7刷、「第V部 軽さと重さ」を読んだ。《 中部ヨーロッパの共産主義体制は、犯罪者によって作り上げられたもの以外の何物でもないと考える人たちは、根本的真実を見逃している。犯罪的体制を作ったの…

『存在の耐えられない軽さ』七(閑人亭日録)

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』集英社1996年7刷を少し読んだ。 昼前、近くの佐野美術館で催されている渡辺省亭展へ友だちと行った。予想通りフツーの日本画。欲しいと思った作品は一点もなかった。友だちも同じ感想。無料券で 行ったが、入場料…

『存在の耐えられない軽さ』六(閑人亭日録)

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』集英社1996年7刷を少し読んだ。《 いや、彼女のドラマは重さのドラマではなく、軽さのであった。サビナに落ちてきたのは重荷ではなく、存在の耐えられない軽さであった。 》 144頁《 別ないい方ををすれば、媚態…

『存在の耐えられない軽さ』五(閑人亭日録)

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』集英社1996年7刷を少し読んだ。《 二人は語り合ったことばの論理的な意味をはっきりと理解したが、これらのことばを通して流れる川のせせらぎの意味をききもらした。 》 103頁《 そういう連中は誰でも人差し指が…