2017-06-01から1ヶ月間の記事一覧

『勘の研究』四

黒田亮(りょう)『勘の研究』講談社学術文庫1980年初版を少し読んだ。「第十二章 荘子(そうじ)の解釈」には 引用したい箇所はなし。 《 ともに臨済宗の聖典であるが、かの日本曹洞宗の祖道元禅師の有名な『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう』などよりもはる…

『勘の研究』三

黒田亮(りょう)『勘の研究』講談社学術文庫1980年初版を少し読んだ。 《 しかして心より来る能はまた無心の能である。模倣を離脱して、自分が主となり、さらに主たる自分が芸に没頭するや、 そこに無心の能が現出する。無心の能は技巧と絶縁した自然である…

『勘の研究』ニ

黒田亮(りょう)『勘の研究』講談社学術文庫1980年初版を少し読んだ。《 間不容髪(かんふようはつ)とか、前後際断(ぜんごさいだん)とか、あるいは石火之機(せっかのき)とかは、 畢竟不動智、本心、無心、太阿の立場から初めて理解されるものであって…

『勘の研究』

黒田亮(りょう)『勘の研究』講談社学術文庫1980年初版、前半を読んだ。 《 暗中模索を試みつつあるあいだには、そこに見出されるものはただ投げられた光を反射する面だけであって深さはないが、 だんだんと呼吸を呑み込むにつれて、奥底に見通しが利くよう…

覚、勘、識

先だって読んだ中島智『文化のなかの野生』現代思潮社2000年、31頁に見逃せない記述。 《 ここで「直観」もしくは「勘」の問題を正面から取り上げた方で日本の初期の心理学者である黒田亮氏を紹介しておきましょう。 私はさきほど先行知識や観念は直観力の妨…

「厚い記述/薄い記述」

昨日の東京新聞、文化欄の記事は興味深い。右の鷲田清一「厚い記憶」「震災遺構をめぐって」から。 《 米国の文化人類学者、クリフォード・ギアーツは、「厚い記述/薄い記述」という、ギルバート・ライル(哲学者)の概念を 文化についてこんな喩え話をして…

『下ネタの品格』

文藝春秋・編『下ネタの品格』文春文庫2013年初版を読んだ。初めの三者(鹿島茂・西木正明・田丸公美子)の三対談が 読ませる。 《 鹿島 唐十郎が編集した幻の「ドラキュラ」という雑誌があるんですけど、そこに「充血鬼マラキュラ」という漫画があって、 赤…

『影の告発』

土屋隆夫『影の告発』講談社文庫1975年初版を読んだ。1963年初刊。鉄壁なアリバイトリックを突き崩すには。鮎川哲也を 連想させる。半世紀あまり前の話なので固定電話など時代を感じさせるが、それが古臭く感じられない。『赤の組曲』もそうだったが、 巻を…

『赤の組曲』

土屋隆夫『赤の組曲』講談社文庫を再読。といっても以前読んだのは昭和の時代だと思う。題名にかかわる逸話だけを 覚えていた。謎が謎を呼び、謎また謎に惹き込まれてゆく。着地点が見えない見事な本格ミステリだ。解決の糸口となる一つの 鍵言葉は途中で思…

規準は魅惑

雨。昼には大雨警報。風もある。家こもり。朝っぱらから音楽をかける。音楽の身体性の位置への私的観測。首から上、 頭はクラシック。胸はポップス、流行歌。腹はフォーク、ポルトガルのファド、ギリシャのライカ、マレーシアのムラユーなど。 腰はロック。…

「モンパルナスの娼婦」

題名に惹かれて昨日の『静かな哄笑』収録の「モンパルナスの娼婦」を読んだ。日本のデパートの絵画買い付け係が パリへ行き、二か月前に割腹自殺をした住村画伯が若き日にモンパルナスで描いた絵を所有する画商と売買交渉をする。 住村画伯は藤田嗣治、佐伯…

「塩の羊」

ネットで話題の戸川昌子「塩の羊」(初出『小説現代』1973年1月号)を『静かな哄笑』光文社文庫1988年初版で読んだ。 思わず惹き込まれる、ビシっと決まる無駄のない文章。畳み込むように鮮やかな転換。そして余韻。巧いわあ。中山あい子の解説から。 《 何…

『文化のなかの野生』6

中島智(なかしま・さとし)『文化のなかの野生 《芸術人類学講義》』現代思潮社2000年初版を読了。《 しかし、できてしまうのではなく作っている観念的な作家(や芸術関係者)たちは、作品のコンセプトこそが作品の絶対性や 彼ら自身の存在証明になりうると…

『文化のなかの野生』5

中島智(なかしま・さとし)『文化のなかの野生 《芸術人類学講義》』現代思潮社2000年初版を少し読み進めた。 《 これは私自身の体験から非常によくわかるものです。私も描画において何が出てくるかわからない楽しみと驚きを 体験していることは既に申しま…

『文化のなかの野生』4

中島智(なかしま・さとし)『文化のなかの野生 《芸術人類学講義》』現代思潮社2000年初版を少し読み進めた。 《 たとえば、世界的に見れば非常に特殊な思考形態である西欧的論理や、音楽的にも例外的な規則で作られていると言われる クラシック音楽などが…

『文化のなかの野生』3

中島智(なかしま・さとし)『文化のなかの野生 《芸術人類学講義》』現代思潮社2000年初版を少し読み進めた。 《 もちろん、この社会的─神話的信念が多くの素晴らしい芸術を生み出してきたのは事実です。ただ、それらが共感的な コミュニケーション以上の、…

『文化のなかの野生』2

中島智(なかしま・さとし)『文化のなかの野生 《芸術人類学講義》』現代思潮社2000年初版を少し読み進めた。 《 私たちは物事をあるがままに見ているのではなく、私たちのあるがままに物事を見ているわけですから、こうした意識の 変容によって世界も変容…

『文化のなかの野生』

中島智(なかしま・さとし)『文化のなかの野生 《芸術人類学講義》』現代思潮社2000年初版を少し読んだ。英語の題は 『 Nature in Culture The Lecture on Anthoropology of Arts 』。ワクワク。 《 この「陶酔の行」によって、私は能動に伴う限界と受動の…

早生、早熟、完熟、発酵

果物は早生、早熟、完熟といった成長、収穫時期によって区別される。音楽、文学、絵画には処女作、出世作、代表作がある。 果物を応用すれば、早生=処女作、早熟=出世作、完熟=代表作となるかな。熟成を誤ると完熟が過ぎて腐ってしまう。 そんな制作物に…

「水道法改定と種子法の廃止」

昨日の東京新聞(三島では朝刊。夕刊はない)「文化」欄に池内了(さとる)「水道法改定と種子法の廃止」。仄聞していたが、 この記事を読んで驚愕。 《 と、慌ただしい政局に目を奪われているうちに、重要法案があまり広く議論されないまま拙速に決定されて…

『日曜日の住居学』

宮脇檀(まゆみ)『日曜日の住居学』河出文庫2013年初版を読んだ。副題「住まいのことを考えてみよう」。気持ち良い 軽快な文章で戦後日本の住宅事情の浮薄さ、おかしさを突く。ふと自宅の間取り、家具を見回す。 《 日本人の戦後の経済至上主義の中で育てら…

『トゥオネラ』

松平修文歌集『トゥオネラ』ながらみ書房2017年6月23日初版を恵まれる。栞には福島泰樹、伊藤一彦、穂村弘ら 名の知れた歌人に交ざって私の拙文。 《 「異化なる万華鏡」 越沼正 本を手にするとき、私がまず注目するのは装幀である。 装幀は本の内容を端的に…

「強い弱さ」

一月ほど前に読んだ堀江敏幸『河岸忘日抄』新潮文庫2008年初版で出合った「強い弱さ」。この言葉が心にずっと残っている。 西洋画は、その大部分が堅牢な絵肌による強さを見せている。対して日本の絵画、ここでは味戸ケイコさんに焦点を当てているのだが、 …

『抽象の力』『前衛の遺伝子』

梅雨入り。 一昨日リンクした岡崎乾ニ郎『「抽象の力 現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」』に触発されて、足立元 『前衛の遺伝子 アナキズムから戦後美術へ』ブリュッケ2012年2刷を初読の特に貼った付箋を軸にパラパラと再読。瑛九、 恩地孝四郎、…

カルメン・ヘララ

昨日リンクした岡崎乾ニ郎『「抽象の力 現実(concrete)展開する、抽象芸術の系譜」』。力作で疲れるけれども読ませる。 その最終頁で言及。《 現在ようやく評価、再発見されたカルメン・ヘララ( 1915- ) 》。ホイットニー美術館の回顧展を見て仰天。 htt…

「死ぬまでにこの目で見たい西洋絵画100」つづき

『BRUTUS』6月15日号をまた買う。知り合いの画家訪問の手土産に。「人気作家・山口晃の死ぬまでにこの目で見たい西洋絵画 100」の前口上から。《 食べ物を味わおうと思ったら口の中に入れるしかないように、その絵を味わえる様な見方をしたいのです…

「死ぬまでにこの目で見たい西洋絵画100」

雑誌『BRUTUS』6月15日号を買う。特集「人気作家・山口晃の死ぬまでにこの目で見たい西洋絵画100」を読んだ。 オランジュリー美術館で開催の「ブリヂストン美術館の名品展を見終わって。 」山口晃から。 《 会場の西洋絵画と比べてみますと、洋画の…

『モモ』

ミヒャエル・エンデ『モモ』岩波書店1996年初版、きのうは少し読んだ。きょうは一気に読了。じつによく作り込まれた作品だ。言わずもがな、だけど脱帽。傑作だ。書きたいことは多々あるけど、もう書かれてしまっているだろうなあ、だ。河合隼雄の解説、だよ…

超ドSコマーシャル

何か読みたくて本棚を流す。ミステリ、ファンタジー、人文書……抜いたのはミヒャエル・エンデ『モモ』岩波書店1996年初版。 名高いこの本を読むのは初めて。『はてしない物語』はとうに読んでいるけど。しょっぱなから、これはタダモノではないな、 とわかっ…

ささやかな充足感

1997年6月1日は、K美術館の開館日。快感美と変換されなくてホッ。冗談はさておき、あれから二十年か。並行して 活動してきたグラウンドワーク三島は今年の九月で二十五周年。個人では私設美術館、協働ではグラウンドワーク三島を 両輪の輪としてきた。K…