絵を出す

 朝は雨。上がるのを待って自転車で来る。数日振りにブックオフ長泉店へ。本がけっこう入れ替わっている。島田荘司「魔神の遊戯」文藝春秋2002年初版、泡坂妻夫「奇術探偵曾我佳城全集 戯の巻」講談社文庫2003年初版、計210円。前者は贈呈用。後者は「秘の巻」は持っている。二巻がやっと揃った。長谷部史親の解説から。

≪すでに元版の『奇術探偵 曾我佳城全集』を所持している人でも、今回の文庫版の二分冊を手もとに置きたくなりはしないだろうか。≫

 はい、そのとおり。

 お掃除をする。ふう。きょうはどうもエンジンがからない。午後、やっと動く。ゆっくり動き、絵を収蔵庫から出す。ここが最も緊張するとき。かつワクワクする。広い展示室の壁に立てかけると、絵がにわかに生気を帯びてくる。見惚れてしまう。お一人様の極楽。多めに出した絵を取捨選択し、どのように並べるか。午後来館した内野まゆみさんのご指導を仰ぐ。作品を見渡し、しばし黙想。彼女の指示に従って絵を移動。私が脇役と思っていた油彩画が正面中心に。これは意外に決まる。そこにあるべくしてあると思えてしまう。デザイナーのセンスは違うわ。結局木版画はほとんど展示しなくなる。展示していなくても、要望があれば取り出すのはいつものこと。

 木田元「反哲学史講談社1995年3刷を再読した。優れた著作は再読すると新たな局面を見せてくる。終章から。

≪ご注意いただきたいことの一つは、いまも申しましたように、後期シェリングや初期マルクス、それにニーチェの思想はけっして十九世紀を代表する思想ではない、ということです。(引用者:略)彼らの生きた時代の支配的な思潮は、彼らの思想とはまったく異質なものだったのです。したがって、二十世紀初頭の哲学思想は、彼らの思想を直接引き継いで出発するということにはならず、むしろ十九世紀の主導的な思潮への反発からはじまります。それが、一九三○年代ころになって彼らの思想を再発見し、その影響下に自分たちの方向を定めてゆく、という進行をするのです。≫219頁