牧村慶子さん、お友だち二人とお昼に来館。展示を喜んでくださる。やれやれ。牧村さんが忘れていた古い本、三冊を贈呈。
中井英夫『人形たちの夜』は、なんとも複雑な深い苦味のある大人の小説だ。昔読んだ時は、若すぎて表面しか楽しんでいなかった。講談社文庫版『人形たちの夜』1979年初版、高橋康也の解説は十二頁にも及ぶ力作。冒頭。
《 『人形たちの夜』は確かになんの解説も、おそらく作者の名前さえも、要さぬ面白さによって自立している作品である。しかし同時に、これは中井英夫という作家が書かねばならなかった、また彼だけが書き得た作品である。 》
「異形の列」から。
《 ひどく不気味なことがいまにも起るのではないか。いや、すでにもうその気配は僅かでも表れているのではないか、というのは、こうして職業がとめどもなく分化してゆくにつれ、人間は少しずつ互いに疎遠になり、ついには他人のしていることがまったく理解出来なくなって、とうとう人形のように言葉も交さず、表情も動かさなくなるのではないかという、そのことである。 》
《 その時代には少なくともいまほどのとげとげしさで人が暮すことは、ふつうにはなかったのだ。 》
このように中井英夫が書いたのは、今から三十年以上も前。現在はさらに深刻になっている。