矢作俊彦『THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ』角川文庫は、傑作かもしれない。大人の読み物であることは確かだ。600頁にならんとする長篇を最後まで楽しんで読んた。切り詰めれば半分にもすることはできるが、それでは面白さが激減。その面白さとは。レイモンド・チャンドラー『 THE LONG GOODBYE 長いお別れ 』へのオマージュだからこそ、この長編であり、気の利いた科白が散りばめられている
《 私はコーヒーを飲んだ。色のついたお湯だった。今では希少もののアメリカンというやつだ。 》441頁
《 やっと一冊ベトナム戦争の通史をみつけたが、トラックのタイヤ止めに使えるほど大きく、タイヤ止めより高価だった。 》477頁
《 気づくと、グラスは空だった。氷も無かった。冷蔵庫が三万光年の彼方にあるような気がして、ストレートで飲み続けた。 》484頁
《 「飲む相手は間違わなかった。しかし、別れを言う相手を選び損ねたな」 》579頁
《 「ぼくは、君が必要としているような人間じゃないんだ。それでかまわないなら、いつでも来ればいい。寝室を毎日掃除して待っているよ」 》582頁
終わりのほうから少し引用。本筋から逸れた枝葉末節の科白を面白がるかどうか、で評価が分かれる。それこそ長いお別れだ。それから好きな表現をひとつ。
《 水に浮いた小さなステージで、彼女は終始、蝋燭の大きな炎のようだった。 》549頁
「浮」は「サンズイに乏」という漢字が使われている。2000年時点での、横浜〜横須賀の変貌が語られる。語られる場合、多くは昔は良かった、だが、これも同じ。ホテル・ニューグランドについて。
《 「回転ドアじゃなくなっちゃったんだな」
「いつの話をしているんだ? そのころの酒場を期待しているなら、入らないほうがいいぞ。金儲けしか頭にない不動産屋が社長を送り込んできて、すっかり変わってしまったんだ。」
「バーも駄目なのか?」
彼は目を丸くして尋ねた。
「バーマンは相変わらず大したもんだが、経営者が彼らにティーポットを運ばせている」 》19頁