書評はお好き?

 小泉喜美子さんの続き。女史訳のバッド・シュールバーグ「何がサミイを走らせるのか?」新書館1975年。「この小説は、ハリウッドの黄金時代の20世紀フォックス映画社に君臨した大プロデューサー、ダリル・F・ザナックをモデルにしたものと言われます。」

「それは単なる映画界の内幕ばなしという次元を超えて、夢と野望の戦場でたたかい抜くすさまじいまでの人間像をするどく描きあげております。」

 これって21日の話題、「ラスト・タイクーン」と同じじゃないかい。著者の父親は「かつてのパラマウント映画全盛時代の撮影所長兼製作部長でした。」映画業界では製作と制作はまるで別、と何かの本で読んだけど、忘れてしまった。

 昨日は近所の古本屋で文庫本を三冊。海渡英祐「死の国のアリス」集英社文庫1983年初版100円、谷川渥「鏡と皮膚」ちくま学芸文庫2001年初版帯付300円、山村修「もっと、狐の書評」ちくま文庫2008年初版帯付250円。計650円。

 帰宅早々、山村修「もっと、狐の書評」ちくま文庫を読み耽る。著者は私と同年生まれだった。2006年に死去。私には記憶に残るようなものはあるか? うーん、まだ無いわ。ずっと無いだろうな、と思いつつ気の向くままに読んでゆく。書評が好きだ。なぜか? まず一編が短いからすぐ読み終える。ショートショートと違って、本を対象にしているから焦点が定まっている。また、既読の本が俎上に上がっていると、どのように料理、味見されているか、とても興味深い。というよりも共感したくて読む。例えば和田誠「倫敦巴里」話の特集について。

「画才のみならず、著者の文才をあらためて知らしめた一冊であった。川端康成『雪国』の書き出しを材料に使い、さまざまな作家の文体模写を試みたところなど、その才気が抑えようとして抑え切れずに噴いて出るようだった。」

 そうそう、そうなんだよなあ。共感する喜びを味わえる書評集だ。書評を読む愉しみにはもう一つある。知らない本を紹介されることだ。おお、探そうじゃあないかい、と古本屋へ行く理由ができる。

 ブックオフ長泉店で写真集を一冊、汪蕉生「黄山神韻」講談社1993年初版帯付、105円。中国の黄山は、十代に中国の切手で知った憧れの山。写真は水墨画そのもの。