昨日のジョン・ファウルズ「魔術師(下)」河出文庫1991年初版の裏表紙に高見浩の推薦文。その後半。
≪『魔術師』はその点、第一級のミステリー並みに面白く、かつ芳醇な思索の糧に満ちている。稀有な小説の一つである。優れた小説とは何か、を考えるとき、この『魔術師』は自分にとって、不動の基準の一つでありつづけている。≫
ブックオフ長泉店で二冊。百川敬仁(ももかわ・たかひと)「日本のエロティシズム」ちくま新書2000年初版、「世界名画の旅6アメリカ編」朝日文庫1989年初版、計210円。後者は友だちから依頼された探求本。
平石貴樹「だれもがポオを愛していた」集英社1985年、読了。ポオの生きたボルチモア郊外で彼の作品に見立てた連続殺人が発生。事件はポオの「アッシャー家の崩壊」の深読みという補助線を得て真相が解明される。ポオ尽くしの本格推理小説。堪能。最後のページから。
≪あの猛烈な一週間のあいだ、どうやら我われはつねにポオの虚像に向かいあってきたようです。犯罪がポオの作品の虚像として構成され、その構成そのものが本当の犯人と、まったく異なった意図で準備をすすめた偽りの犯人を含み、そして犯人は、『アッシャー家の崩壊』の中の虚像を探り出すことによって発見されました。主人公である探偵が現代に写映されたデュパンであることは言うまでもありません。ポオならこれをきっと喜ぶでしょう。≫
デュパンに模された探偵は、前作「笑ってジグソー、殺してパズル」と同じ更科丹希(にき)。面白かった。途中「アッシャー家の崩壊」、詩「アナベル・リー」を松村達雄の訳で再読。本書で使われている平石貴樹の訳詩とはえらく違った印象。本書では「この詩は子供らしい言葉使いと俗謡のリズム覆われている」183頁とある。松村達雄の訳ではそのような印象はない。翻訳の難しさを感じる。なお、この本も創元推理文庫で読める。