われわれはなぜ死ぬのか

 朝は源兵衛川の月例清掃。いつもは長靴だけれど、きょうはサンダル。冷た〜い。ああ、気持ちいい〜。上がれば暑い〜。36.5度。死にそうな暑さだ。

 柳澤桂子『われわれはなぜ死ぬのか』ちくま文庫2010年初版を読んだ。副題は「死の生命科学」。生命科学から生命(細胞)の死という現象を見つめる。意外な視点からの考察で、興味深く読んだ。

 裏表紙の紹介文から。

《 なぜ生命に「死」が組み込まれたのだろうか。36億年かけて生命が進化させた「死の機構」とはいかなるものか 》

 腰を据えてしっかり読まないと、なにがなんだか煙に巻かれた気分になる。やさしい一例。

《 多細胞生物で細胞が死ぬ過程を顕微鏡で観察すると、まず細胞外壁(細胞膜)が変化して細胞が膨潤し、そのあとでDNAや染色体が壊れる場合と、まずDNAや染色体が破壊される場合との少なくとも二通りの死に方のあることがわかる。細胞膜が先に壊れる死に方をネクローシス、染色体が先に壊れる死に方をアポトーシスと呼んでいる。 》 97頁

《 酵母菌を例にとると、細胞分裂周期を推進する物質は、CDK( cyclin dependent protein kinase サイクリン依存性タンパク質リン酸化酵素)である。 》 125頁

《 もし、その細胞が分裂に適当でない状況にあると判断した場合には、P53タンパク質はP21タンパク質を活性化して、CDKの動きを抑える。こうして、細胞分裂周期を一時停止させることによって、状況の改善を待つ。しかし、状況が非常に悪いと判断した場合には、P53タンパク質は、アポトーシスの引き金を引く。このようにして、増えては困る細胞を抹殺してしまうのである。 》 130頁

《 多細胞生物にとって、生きるとは、少しずつ死ぬことである。私たちは死に向かって行進するはてしなき隊列である。三六億年の間、書き継がれてきた遺伝情報は、固体の死によって途絶える。固体の死は三六億年の時間に終止符を打つ。生殖細胞に組み込まれた遺伝情報だけが生きつづける。 》 218

《 このように見てくると、私たちの意識している死というものは、生物学的な死とはかなり異質なものであることがわかる。生物学的な死は三六億年の歴史を秘めたダイナミックな営みである。それは、適者生存のためのきびしい掟である。 》 218

 遙かなる生命史へ思いを馳せさせる本だ。

 ネットの拾いもの。

《 コミケ二日目  身体から排出された汗によってビックサイトに霧が発生……コミケ雲 》

《 盆踊りの音がうるさくて仕事にならないから踊ってくる。 》