『 詩話・近代ふらんす秀詩鈔 』3

 齋藤磯雄『詩話・近代ふらんす秀詩鈔』第三章はシャルル・ボオドレエル。その冒頭。

《 『惡の華』の詩篇の尽きせぬ魅力の一つは、単純な外見のもとに限りなく複雑な内容を 秘めている点にある、といへよう。 》

 私は未だにその複雑さを読みきれていない。数種類の翻訳を読んだが、手に負えなかった。

《 『惡の華』の詩人は常に形式を尊重したが、それといふのも形式の奴隷とならず、逆に あらゆる形式を自己に奉仕せしめる力をもつてゐたからである。 》

 『惡の華』を塚本邦雄歌集『感幻楽』に替えてもいいな。

《 ポエジイの中に作者の実生活のロマンスの如きものを読み取らうとするのは、散文的読者の 最も陥り易い誤謬であり、鑑賞の邪道だからである。(中略)そして作品の芸術的価値は、 懸(かか)つてこの詩的転換の力量如何にある。 》

 四詩篇が紹介されている。第一篇は「夕(ゆふべ)の調(しらべ)」。精緻を極めた分析と鑑賞は、 結局原詩のフランス語で詠まなくては、と思わせる。フランス語、好きじゃないんだ。

《 この詩の一切の魅力、一切の感動の秘密は、懸(かか)つてその「諧調」にある。 》

 塚本邦雄『夕暮の諧調』人文書院1971年初版を手にする。表題作は西行の歌「心なき身にもあはれは 知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮」を巡る、登蓮、藤原俊成そして藤原定家の独白からなる短編。 『詩話・近代ふらんす秀詩鈔』の元本『フランス詩話』の出版は昭和三十年、「夕暮の諧調」の発表は 昭和三十七年。塚本邦雄は読んでいただろう。見事な換骨奪胎ぶりだ。
 それにしても『フランス詩話』は新潮社一時間文庫の一冊として刊行された。一時間! 私は それを六日間かけて読もうとしている。

 昼、雨上がる。すぐ近くの家の屋上でイソヒヨドリが数日前から囀っている。透き通った鳴き声。 晴れてきたので源兵衛川を下って満開の桜を観賞。花桃の赤と染井吉野の淡桃の花びらの花筏。 素晴らしい。多分今しか見られない景色だ。知人たちと挨拶を交わす。皆、この天気に誘われて来た。

 味戸ケイコさんへ寮美千子『星兎』パロル舎1999年初版帯付を郵送(贈呈)。以前味戸さんに 依頼されて稲垣足穂『或る小路の話』、川端康成『片腕』などを選んで送ったが、久しぶりに 送れる。

 ネットの見聞。

《 全ての本は未来に向かって書かれている。遠い先の時代や人に、己の言葉が残らんと、まだ見ぬ、 存在さえもしていない読者に向かって書かれる。 》 「古本と種 第七回 古本とは」
 http://blog.livedoor.jp/suguru34/archives/52085760.html

《 安倍政権は国際的孤立へと追い込まれつつあります。この孤立からどうやって回復して、 隣邦との友好信頼関係を回復するのか、その手立ては「現に国際的孤立に追い込まれつつある」 という事実の認識からしか始まりません。でも、その病識が政治家にも官僚にもメディアにもない。 》  内田樹
 https://twitter.com/levinassien