『 日本人の心の歴史 下 』

 唐木順三『日本人の心の歴史 下』筑摩書房1970年初版を読む。副題を忘れていた。「季節美感の 變遷を中心に」。論述は中世から近世へと移っていく。

《 私は『閑吟集』(一五一八年頃成立)あたりが、中世から近世への架け橋をなしてゐるやうに 思ふ。 》 「西鶴の登場」24頁

《 西山宗因の談林派から出た二人が、一方では好色物と町人物へ、一方は西行、宗祇、雪舟、 利休への回帰へと袂を分つたことの中に、この時代の時代色がうかがへる。然し、時代は近世へ 向かつて歩きだしてゐたのだから、西鶴の方が時代を代表してゐることにならう。芭蕉の方が むしろ例外であつた。この場合、例外であることが、価値とは関係がないことはいふまでもない。  》 「西鶴の登場」50頁

《 中世の枯淡に対する江戸期の装飾過剰は時代を特色づけるものとして蓋ふべくもない現象で ある。そのことによつて近世が始まつたといつてよい。水墨画と金泥画、能と浄瑠璃また歌舞伎、 桂と日光、すべて極端な対立である。それは憂世に対する浮世、現世否定に対する現実賛美、 無、無常を基底とする人生観世界観に対する有また享楽を肯定する人生観世界観といふ対立に 照応してゐる。 》 「道行」122頁

《 既に藤原惺窩を論じたところで触れた『假名性理』といふ一篇は、いろいろな疑問點をもつ 問題の書である。 》 「擬古」132頁

 藤原惺窩、「ふじわら せいか」と読むのか。

《 類のないほど緻密な法度を布いた徳川独裁絶対政権の下にあつては、藝術家や宗教家の自由は 極端に狭められる。時世を批判する自由はもとより、時世から逸脱して、世をわびる自由すら 許されないところでは、多かれ少かれ、主君、神君、大樹将軍に迎合するよりほかはない。さう しなければ自己の生存すら危い。 》 「擬古」147頁

《 宣長は結局学者であつて詩人ではなかつたことは事実であるが、さう言つただけでは片付かない 問題を含む。古事記へは入つてゆけたが、萬葉集へは入れなかつたといふことは相当な難問を含む。 古道を明らかにし、古道をおのがものになしえたが、古歌には実践的に縁をもちえなかつたといふ ことは問題を含む。ここはむづかしいところである。そして私は、擬古は畢竟擬古であつたとさう 思ふ。そして宣長の古道も結局は擬古道であつたと思ふ。宣長においては、古は今と対立し、上代は 後世、今の世と対立してゐる。今の世に生きる宣長の古道が擬古道であつたことは当然といへば当然 であるが、その「擬」に畢生の努力を払つたことから、常人の及びもつかぬ『古事記傳』といふ 業績が生れた。これは事実である。 》 「擬古」170頁

 本居宣長に至るまでに井原西鶴近松門左衛門小堀遠州、藤原惺窩らが採り上げられている。 このあたりの人の本は未読。明日へつづく。

《 松岡正剛のウェブサイト『千夜千冊』、「島崎藤村『夜明け前』」で 篠田一士が批判されている。  》

 と17日のブログ書いたが、私は篠田一士(はじめ)の書いたものには基本的に信を置いている。 『日本の現代小説』集英社1980年初版で篠田は埴谷雄高『死霊』についてこう結んでいる。

《 対応すべき外界を奪われた、おろくべき内面の世界をつくりだした『死霊』という作品を、 ひとつの極として、現在の小説創造は行われているのである。 》 74頁

 二十九歳の夏に単行本で全五冊の野間宏『青年の環』を読み、三十年後に再読、感銘を覚えた この小説について篠田は書いている。

《 ともかく『青年の環』は完成し、日本の現代小説のなかに、めざましい新生面をきりひらいて、 世界文学に向って、その沃野を開放しようとしているが、『自由への道』は、中断したままである。  》 537頁

 『自由への道』はサルトルの小説。作品について毀誉褒貶があるのは当たり前。私が高く評価する 『死霊』『青年の環』への低い評価をいくつか読んだが説得力を欠いていた。『夜明け前』は 未読なのでなんとも言えない。

 ネットの見聞。

《 長谷川等伯作とみられる水墨画発見 》 日本経済新聞
 http://www.nikkei.com/article/DGXLASHC20H5A_Q5A420C1000000/

《 さっき国家による芸術家の褒賞について触れたが、その頂点が文化勲章。が、過去に4人の 作家・文化人がこれを貰うのを辞退した。陶芸家の河井寛次郎、画家の熊谷守一、作家の大江健三郎、 女優の杉村春子だ。それぞれに理由がある。河井は「銘」そのものを否定、熊谷は 「これ以上来客されては困る」。大江は「民主主義に勝る価値なし」杉村は「戦争中に死んでいった 仲間を差し置いてもらえない」。みな立派な態度だ(熊谷はらしい 笑)。が、いちばん辞退しづらい 立場にいたのは女優の杉村春子なんじゃないか。芸能人ながら戦争を理由に、周囲の説得を 振り払い断った杉村の意思の力は凄いと思う。  》 椹木野衣
 https://twitter.com/noieu

 ネットの拾いもの。

《 本は読むが空気は読まない。 》