『加藤周一著作集5 日本文学史序説 下』ニ

 午後、「やまだひろなが作陶展」へ。私は賑やかし=サクラ。

 『加藤周一著作集5 日本文学史序説 下』平凡社1980年初版 「第九章 第四の転換期 上」を読んだ。

《 しかし明治維新は、「尊皇」や「攘夷」の思想の結果としてではなく、「尊皇」や「攘夷」を倒幕運動の道具とする ことによっておこったのである。 》 227頁

《 政府が嫌ったのは、特定の情景の描写ではなく、男女関係を快楽としてのみ評価しようとする小説の価値観そのものだった にちがいない。それは武士支配層が押しつけようとしていた官製儒教イデオロギー」の価値観を脅すと考えられたのであろう。 (山東)京伝も(為永)春水も、大衆的な娯楽として小説を作ったので、権力を批判したり、それに抵抗するために小説を 書いたのではない。しかし彼らの快楽主義は、武士社会の生みださなかった価値観が町人社会のなかに生きているということを、 あまりに歴然と示していた。 》 228-229頁

《 直接生産者の側からの反撃(年貢と小作料の引き下げ、借金の不払い、役人の罷免など)なしに、武士支配体制が崩れた のではなかった。 》 230頁

《 水戸学の「国体」論は、明治維新の原動力にはならなかったが、維新後の政府の官製「イデオロギー」の支柱としては 役立った。またさらに下って一九三○年代の天皇超国家主義の「スローガン」になったことは、われわれの記憶に新しい。 》  237-238頁

《 (渡辺)崋山は蘭学者になったから幕府を批判したのではなく、幕政を批判していたから蘭学者になったのである。 》  245-246頁

《 江川英龍から西洋事情の説明・報告をもとめられて、崋山の章した『西洋事情書』の初稿(一八三九)は、西洋諸国が 世界の情勢に通じ、その学問は実用的で、武装は整い、しかもみだりに武力を加えず、したがって全世界を制するに到った状況を、 絶えず日本側の状況と対比させながら叙述する。 》 246頁

《 七十年の歳月を隔て、維新をはさんで、「蛮社の獄」(一八三九)と「幸徳秋水事件」(一九一○)とは、見事に呼応 しているだろう。日本文化の持続性、殊に少数意見に対する権力の態度の持続性は、そこに鮮かにあらわれていた。 》 248頁

《 グラムシのいわゆる「文化的ヘゲモニー」は、徳川時代の後半に、武士階級と町人層に分有されていたが、農民の側には なかった。 》 298頁

 ネット、いろいろ。

《 【診断】あなたが独身の理由がわかる7つの質問 》 BuzzFeed
 https://www.buzzfeed.com/kylaryan/why-are-you-single-1?utm_term=.tw20MPA0n#.dgr0y5V0E

《  結果: 独身なのは完璧すぎる人間だから 》

《 日文研の助手時代に何度か目撃したが、講演会の懇親会になぜか潜り込んで来て、著名文化人の隣に立って親密写真を 撮らせようとする人がいる。文化人のほうはいちいち相手のことなど覚えてないからツーショットを撮らせるが、 これが相手の悪事に使われていくリスクがある。懇親会で写真拒否は無理だし。 》 森岡正博
 https://twitter.com/Sukuitohananika/status/837569479072624640

《 「テレビで話題になってしまった茶碗」奈良大が分析 「実物を見ず真贋云々に疑問」 》 ITmedia NEWS
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170303-00000047-zdn_n-sci

《 たしかに草間は現代日本の美術家で国際的に最も成功した一人だ。ほかには河原温が続くくらいではないか。 ただ国際的に成功したことがその芸術の高さを担保するわけではない。 》 mmpoloの日記、草間彌生展「わが永遠の魂」
 http://d.hatena.ne.jp/mmpolo/20170303/1488543721