笑いの影の領域

 昨日の江戸狂歌、訳者の高遠弘美が紹介していた。では彼の紹介していない狂歌を。といっても、ここで以前紹介したと思うけど、数年前のことだからあらためて。

  わが席は後ろの立見しかすがに屁こきてみれば人騒ぐなり

 作者は柿本人真似。現在は「南大分マイタウン」編集発行人の御沓幸正氏の三十年前の作。その「淺才馬鹿集」より少し紹介。

  春過ぎて夏来るけらしうろたへの衣ぞあつき海老の天麩羅

  かにかくに祇園林で寝るときは枕の下を銭の流るゝ

  法螺吹かば冷や汗にじむ朝帰り妻子ありとて恋な忘れそ

  そゝ見ればちゞに物こそ大江山我身ひとつの魔羅にはあらねど

  月やあらぬ胎や昔の腹ならぬわが身ひとつはもとの身にして

  願はくば酒の酔ひにておつ死なんそのきさらぎの盃のもと

 野間宏「青年の環 第四巻 影の領域」河出書房新社1968年読了。特徴は以下の文に象徴されている。

「彼の言葉はやがて次第にねばりつくようなものになり、それにしたがって彼の上体はひとりでに高くなって行った。そしてそのねばりつくような矢野の言葉には、いつものように一つの力が生れ、矢花正行の頭をその粘着力のなかにまき込むかのようである。」99頁下段

「彼は自分のすぐ前のところに僅かながら輝いて動いている笑いがあるのを見たのだが、彼はここ半年ばかりの間、このような、たとい、それがほんの僅かであろうと輝いていると言える笑いを一度も見たことがないのを知らされなければならなかった。」208頁上段

「……しかし、ほんまにようないことばかりが、次々に起こってきてからに、これから……どうなるというのやろう。」309 頁下段