垢落とし

 水洗トイレの水垢が気になるのでテレビで宣伝している洗剤を買いに行くと、そこだけ空いている。やはりね。みなさん、水垢で苦労してらっしゃる。で、以前使ったこすり落とす消しゴムタイプのものを購入。朝からせっせとこする。せっせ、せっせ。かがみこむので疲れる。三十分でギブアップ。少しは効果あり。汚れが目立たなくなった。やれやれ。昨日の言葉ではないが、美しい美術品を展示するならトイレも美しいとは言わないが、気持ちよい状態でありたい。開館して十二年半。あちこち汚れやほころびが気になるが、きれいですね、と来館者はまず驚かれる。行き届いた手入れ感からくる第一印象だと思う。では第二印象は? ただではもったいないと言われる。ありがたいことだ。自分の人生の垢も落としたいなあ、と思うけど、垢を落とし過ぎると風邪をひきそうなので、こちらの垢落としはお風呂に入るくらい。加齢臭だけはなんとしても落としたい。

 「昭和国民文学全集」筑摩書房、「カラー版・日本伝奇名作全集」番町書房、「新青年傑作選」立風書房、「現代日本推理小説大系」講談社、「夢野久作全集」三一書房、「久生十蘭全集」三一書房、「江戸川乱歩全集」講談社、「横溝正史全集」講談社、「木々高太郎全集」朝日新聞社、「松本清張全集」文藝春秋。 ……1968年の国枝史郎神州纐纈城」に始まる桃源社の「大ロマンの復活」シリーズが口火を切った大衆文学・エンターテイメント分野の華々しい出版。1970 年前後はわくわくする時代だった。山前譲「日本ミステリーの100年」光文社・知恵の森文庫2001年の1969年の項は「驚異のリバイバルブーム」。まさしくそのとおりだった。これらに先行して学藝書林の「全集・現代文学の発見」1967年がある。初回配本「存在の探求・上」に埴谷雄高「死霊」が収録された。既成の価値観にとらわれない文学全集の怒涛の出版はここから始まった。あれから四十年。上記の小説の大部分が文庫で読める時代になった。逆に純文学が脇に追いやられた。時代は変わる。はてさて美術界はどうだろう。既成の価値観にとらわれない美術全集の話は……私の耳が悪いのか、聞こえてこない。出版不況と言うしなあ。こんなときだからこそ、加齢臭と手垢にまみれた金メッキ=時代遅れの価値観ではない、金鉱脈=未来への遺産を見出す風雲児が現れんかなあ。まあ、それが私でないことは、うん確かだ。