「 半島 」

 松浦寿輝『半島』文春文庫2007年初版を読んだ。冒頭から吉田健一を思わせる くねくねと粘りつくような文体だ。冒頭。

《 しかし幸いなことに長く続いた夏の陽射しもようやく翳りを見せてうにやひとでや やどかりや小魚たちがめいめいひっそり生きている静かな潮溜まりも薄明薄暗の中に 沈みこんでゆくようだった。 》

《 そうした特定の過去の一断片の回帰は今のこの特定の瞬間の俺の心の在り様が 求めたものなのだろうし、のみならずまたそうして甦ってきたものの色や匂いや 肌触りには今の俺の心の在り様の投射が大なり小なり混ざり合ってもいる。 》 235頁

 こんな文章がずっと続く。しかし、人物造形が上手く、引力あるいは磁力の ようなものが文章にあって、そのままずっと読んでしまう。「あとがき」から。

《 一人の中年男が、島ともつかず半島の先端ともつかないある土地に漂着する ところからはじまる 》

《 男が迷い、惑いつづけているうちに、現実と非現実のあわいで様々な出来事が 起こり、様々な人物との出会いと別れがあり、そして迷いも惑いも何一つ解決されないまま、 物語のテンポはしだいにアレグロになってコーダに突入し、男が思いがけない場所で 立ち竦むところで、いきなり中絶するように終る。 》

 日本近代文学のいろいろな作品への連想を誘う。内田百間『冥途』、稲垣足穂 『青い箱と紅い骸骨』、萩原朔太郎猫町』、川端康成『片腕』、佐藤春夫 『女誡扇綺譚』さらには江戸川乱歩つげ義春ら、幻想文学の鉱脈がオパールの 輝きのように露出している。著者のいう「裏切りの桃源郷」にうなずく。しかし、 山内昌之の解説にあるように、主人公が、ちょっと。

《 半島そのものが中途半端な存在であり、天空の家に住むようなふわふわした 中年男のどっちつかずの性格にぴったりなのだ。 》

 「仮初(かりそめ)」という言葉が頻出。かりそめ。ぐっとくる表現だ。甲斐バンド 『かりそめのスウィング』を聴く。
 http://www.youtube.com/watch?v=VgPE-ndCdpU

 朝から選挙カーがうるさい。誰にどの党に投票するか決まっているんだからあ。 といっても無駄か。強い西風。冬仕様の服装。

 ネットの見聞。

《 国家としての「信頼」を失ったことのダメージはゆっくり、でも確実に日本の足場を 崩してゆくことになるでしょう。安倍政権がわが国にもたらしたダメージは 日本国民が想像するよりずっと深く、とりかえしのつかないものです。 》 内田樹

《 そういえば、野坂昭如原作、水木しげる作画の「マッチ売りの少女」という、 やりきれない傑作がある。 》 赤城毅

 『野坂昭如の本』KKベストセラーズ1969年初版で再読。そのとおりだ。本棚には 米倉斉加年(まさかね)絵の『マッチ売りの少女』大和書房1977年初版も。