重層的な構造

 昨日来館された安藤信哉のお孫さんに安藤信哉絵画の特徴を説明。ポイントは、ほとんどの絵が真正面から描かれていること。立体のものは、斜め前方から見れば、側面が見えて、立体ということが理解される。安藤信哉はそれを真正面から描く。例えば四角いトランクは前面しか描かれない。彼は立体のものを立体に見えるようには描かない。そのため、平面的になったモノはその日常的な意味と存在感を離れ、絵画の一構成物へと変貌する。モノとモノの配置と配色が織り成す美しいハーモニーを、安藤信哉は真正面から描く。あたかも交響楽団の指揮者のように。

 その絵画に描かれたモノは、絵画のなかで確固たる位置を占めている。描かれているモノがトランクだ、本だ、と思い当たる以前に、それぞれが絵画の掛け替えの無い一構成物として見事に定着している、その美しい構成にまず目が奪われる。

 この真正面から描くという技法、私はセザンヌを連想。真正面から(視点の上下変動はあるが)描いているのに、ただの薄っぺらな奥行きのない画面に陥らず、重層的な構造を保持しているのは、やはりデッサンの修練のたまものだろうと思う。

 セザンヌは現実感のある(写実的な)絵から揺るぎない存在感のある絵を目指し、さらにその先を遠望していたと、晩年の水彩画などを見るにつけ、私は思うのだが、安藤信哉はそれを受け、存在感のその先の存在離れともいうべき表現を追求していった、と私には思える。すなわち、存在は固定されながら、自在。固定と自在が一体となった表現。現実感・存在感だけの絵からの解放。考え抜かれた配置と配色が、しなやかにして軽やかな重層的絵画構造、安藤信哉独自の絵画世界を生み出している。