卵塔場の天女

 朝から暑い。気分転換にブックオフ長泉店へ自転車で行く。三浦哲郎『おふくろの夜回り』文春文庫2013年初版帯付、宮武外骨『明治奇聞』河出文庫2006年3刷、計210円。

 昨日ふれた泉鏡花「卵塔場の天女」(『鏡花 小説・戯曲選 第七巻 芸能篇』岩波書店1981年初版収録)を読んだ。舞台は金沢。村松定孝の解説から。

《 『卵塔場の天女』は昭和二年四月の「改造」に発表され、四年四月改造社刊行の『昭和新集』収められている。題名は、能楽の宗家同格の名人橘八郎が故郷の能舞台で羽衣の天人をつとめたのち、土地の幹事連の目を逃れ、従姉のお悦と墓所へ赴くのにちなんでいる。 》

 金沢の景物の生き生きとした描写、美麗な文体が、文から文へゆるやかな小川の流れのようにすらすらと進んでゆく。流石、鏡花。

《 其の花瓶だが、私(わたし)は陶器など一向で……質も焼も、彩色も分からない。総地の濃い藍に、桔梗、女郎花、薄は言ふまでもなく、一面に秋草を描いた。 》

 橘八郎の従姉、お悦という内儀さんが実に魅力的。

《 と、唇か。瞼か。──手絡(てがら)にも襟にも微塵も其の色のない、ちらりと緋目高のやうな紅(くれなゐ)が、夜の霜に山茶花(さざんか)が一片(ひとひら)溢(こぼ)れたやうに其の姿を掠めた。 》

《 眞(まこと)の性質は霜夜の幽霊のやうに沈んで寂しいのかも知れないのに、行為(ふるまひ)は極めて蓮葉で、真夏の如きは「おゝ、暑い。」と云ふと我が家に限らぬ、他家でもぐるぐる帯を解く。「暑い、暑い。」と腰紐を取る。「暑いんだもの。」とすらりと脱ぐ。其の皓(しろ)さは、雪よりもひき緊つて、玉のやうであつた。お侠(きゃん)で、凛として居るから、聊(いささ)かも猥(みだ)りがましい處がない。 》

 橘八郎を巡る愁嘆場、修羅場を経て、夜の卵塔場へ。卵塔場の天女とは、お悦さんのことだ。

《 扇を開いて蓋をした。紺青にきらきらと金が散る、苔に火影の舞扇、……極彩色の幻は、あの花瓶よりも美しい。 》

 結びの一節。

《 白山は、藍色の雲間に、雪身(せっしん)の龍に玉の翼を放つて翔けた。悪く触れむとするものには、其の羽毛が一枚づゝ白銀(しろがね)の征矢(そや)に成つて飛ばう。 》

 『泉鏡花集成 9』ちくま文庫1996年初版、解説で種村季弘は書いている。

《 それを描く。それはいいとして、ふつの小説ならば人間関係のごたごたの背景として描き込むのが、鏡花はその先まで行く。天然描写が独立して、かえってそちらのほうが主眼になる。 》

《 まず天然(景色)があって、人間はその添景として二次的に、いわば虫のように涌いてくるのである。 》

《 なまめかしい羽織という「天然」を打ち掛ければこそ、墓石という、ただの卵形の石が、肌をあらわにされた処女(きむすめ)のように、ほんのりと赤らみ、羞らい、身をもだえるのである。 》

 これは『卵塔場の天女』の解説ではないが、通じる。なお『卵塔場の天女』は、『泉鏡花集成 8』ちくま文庫にも収録されている。

 ネットの見聞。

《 東京オリンピック。広島での報道では「開催期間中に原爆の日がある」と言うところがけっこう注目されている気がする。8月6日、8月9日の原爆投下の時間を各競技会場はどうやって迎えるだろう。 》

《 それから、オリンピック会場予定地には、第五福竜丸があります。 》

《 NHK総合の番組「ローカル直送便」で、ピーター・カズニック教授が「ヒバクシャにノーベル平和賞を」と訴えていた。登場していた高齢の語り部の方々の語りともあいまって、胸に迫るものがあった。 》 森岡正博

《 コミュニケーション能力とは「コミュニケーションが不調に陥ったときに、言葉が通じなくなった相手との間になんとか架橋して、コミュニケーションを蘇生させる術」のことです。 》 内田樹

《 そのためのふるまいは一言で言えば「私は私の立場をいったん離れる。ついてはあなたもあなたの立場をいったん離れてはくれまいか」というものです。「私は私が従っているコードを破る。だからあなたもあなたが従っているコードを破ってはくれまいか」と懇請することです。 》 内田樹

 ネットの拾いもの。

《 AかBか悩んだとき、女房はわたしに相談します。わたしは真剣に考えて真面目に答えます。「それはAがいいよ」「分かったわ。じゃあ、Bにしよう」。わたしのアドバイスは役に立っているようです。 》