『にせもの美術史』

 メトロポリタン美術館の館長を務めたトマス・ホーヴィング『にせもの美術史朝日文庫2002年初版、「13 鑑定ミスの功罪──ギリシャの馬とラ・トゥール」 を読んだ。ラ・トゥールとは画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール。こりゃ一番に読みたくなる。冒頭、ドイツの美術史家マックス・フリートレンダー(1867-1958) の金言が紹介される。

《 「贋作を集めるのは過ちであるが、本物に偽物のレッテルを貼るのは罪悪である」 》 301頁

《 そのあと、プロの鑑定家がどのような項目をチェックするかを紹介し、最後に、収集を成功させるためには、競売で入手するときに三つの危険があることを 心得ておくべきだと話した。美術収集家の陥る危険とは、ニード(需要)、スピード(速さ)、グリード(強欲)である。 》 305頁

《 この馬がローマ時代の贋作だという可能性は、かなりあるのではないだろうか。スタイルは柔らかく、ほっそりとして優美だが、ローマ時代の収集家が だまされた偽物のような気がする。古代ローマではニード(需要)より、スピード(速さ)とグリード(強欲)が勝っていたからだ。 》 316頁

 ローマ時代に作られたギリシャ時代の馬の偽物、とは。いやはや。メトロポリタン美術館が購入したジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)の絵について。

《 わたしはふたたび絵が本物だという確信を抱いた。なぜなら、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールには再発見された経緯があるからである。一九一五年、 ドイツの美術史家、ヘルマン・フォスが最初にラ・トゥールの存在を口にするまで、彼は現代においては事実上無名だった。最初の大々的な展覧会がひらかれたのは 一九三四年であり、最初の研究書が刊行されたのは一九四八年だった。 》 329-330頁

 没後長い長い眠りについていた。いや忘却の底に沈んでいた。こんなこともあるのか。故・北一明はどうだろう。

《 また、こんなことも語った。美術品の贋作と戦う最良の武器は、常識である。(中略)美術収集の歴史には、最初は無視されていたものが後になって 比類なき至宝と判明した例がいくらでもある。真の芸術はたいていありふれた姿をしており、値段は破格に安いことが多いのだ。 》 「本物のプロ」 231頁

 北一明の茶碗はネット・オークションによく出品される。いつだったか、箱付きの茶碗が二点、同じ人から出品されていた。二点を別々の人が格安で落札。 でもなあ、箱と茶碗が入れ違っている。一人が二点を落札ならわかるけど……。

《 もう一つは、一九九七年十月二十七日付のヘラルド・トリビューン紙が報じたニュースで、八七年に安田火災海上が三千九百九十二万ドル(当時の為替レート、 一ドル百四十六円で約五十八億円)で購入したゴッホの『ひまわり』は(本書でも少しふれているが)、クロード・エミール・フェネッカーが一九○○年代初めに 描いた贋作であると断定されたという。 》 「訳者あとがき」 465-466頁

 この絵、昔見たけれど、生気をさほど感じなかった。
 興味を惹く章を読んでいったら、大方読んでいた。贋作を巡っては体験談がいくつかあるけど、画家、コレクター双方に差し障りがあるので止めておく。

 昼前、ブリュノ・ラトゥール『近代の〈物神事実〉崇拝について』以文社2017年初版帯付を近くの本屋で受け取る。床に積んだ本の上に置く。
 日射しが傾いた頃、陽気に誘われて源兵衛川をお散歩。三石神社ではカワセミがチチチと鳴いて上流へ飛んでいく。水の苑緑地では川へ突き出た枝に止まる。 ああ、ここが世界水遺産。灌漑〜感慨。

 ネット、いろいろ。

《 現在某オークションに出品されている赤影のサイン色紙は、完全な偽物であることに加えて、連載時の扉絵を模写した代物ですが、 こんなのに5万円以上で落札しているファンがいるのを見てしまうと、少し悲しくなってしまいますね・・・。 》 ひら
 https://twitter.com/hira282828/status/963765261009543169

《 「本棚に収まっている未読本はまだ陳読本でした。ある日、本で埋まった本棚から一冊の本がはみ出して着床しました。積読の誕生です。これまで、 開架、閉架しかなかった収納のバリエーションに、新たに『床』が加わったのです」(カール・セーガン: 米・天文学者) 》 猟奇の鉄人
 https://twitter.com/kashibaTIM/status/964261036017643520

《 「ボイスを含めて社会派アーティストは美術業界では評価されているけれど、本当に人類に貢献しているのかという疑いがある。 リアルにやるなら技術はなくても柱の一本でも自分で考えなくては、と思った」  》 人気美術家の会田誠さん 「新しい都市」提案 理想のスラム中核に 「建築展」 毎日新聞
 https://mainichi.jp/articles/20180215/dde/018/040/015000c

《 最近、自分の書いたものが多くの人に読まれるということへの欲望がほんとうに減退してきた。一緒に味わえる少数の人たちに届けたいという気持ちが 強くなった。そのかわり言語の壁は超えて世界の少数の同志とつながりたい。いま10年越しで書いている巨大な本もそういうものになるだろう。 》 森岡正博 
 https://twitter.com/Sukuitohananika/status/964053940663853057