閑人亭日録

『絵は語り始めるだろうか』三

 佐藤康宏『絵は語り始めるだろうか  日本美術史を創る』羽鳥書店2018年初版、「7 ディスクリプション講義」を読んだ。

《 作品記述(ディスクリプション)は造形を言葉に置き換えていく作業にほかならない。(中略)細部を自分の眼で見もしないで安直な概念化に屈する印象批評とは 異なる語りへと人を導く。 》 152頁

《 まず、私たちは言葉にできる限りでしか作品を語ることはできないのだから、作品を記述する行為は必要だということ。もうひとつは、完全に客観的な記述など あり得ないのだから、自分が何を説明しようとしているのかに対して、また、どうかすると言葉の方こそが自分に何かを語らせてしまうのに対して自覚的であるべきだ ということである。 》 153頁

《 作品記述には目的がなければならない、作品記述は論理的でなければならない、と先に述べた。しかし、その目的、その論理というのは、あくまでも限定された範囲で 通用するものである。ある時点で有効と了解されている美術史学の合理性に従っているに過ぎない。そういう限定が妥当かをときに反省し、ひとつの見方は必ず別の見方を 抑圧して成り立つことを絶えず意識的で在るべきだ。(中略)作品記述は、それとは別の記述があり得ることを想像しながらなされるべきである。 》 168-169頁

 「8 若冲という事件」を読んだ。表題を裏切らずじつにスリリングな論述。若冲の絵の真贋、優劣を論じて一歩も引かぬ気迫がさりげなく伝わる。

《 こういう石が玉の中に紛れたり、ヒロコ・ジョンソン「若冲のモザイク風四作品について」のような、若冲の形態感覚からは最も遠い、拙劣極まるプライス・ コレクションの「鳥獣花木図」を彼の傑作と考える倒錯した鑑識が『國華』(一一九六号、一九九五年)誌上で堂々と披露されたり、 》 174頁

《 けれども、その語りはすぐに若冲という画家の特異性を再確認することに収斂する。歴史上無数に存在する拙劣なコピー(贋作を含めて)と若冲の造形には 本質的な共通点があることを悟りながら、若冲の作品の質のよさは彼の個性によって説明せざるを得ないのである。 》 178頁

《 概説だから細部の実証を問わないとしても、なお気になる問題は、若冲花鳥画が画家の内面や真理をうかがわせるがゆえに価値が高いとする論理である。一般的に、 画家の内面が作品に表象されているという保証がどこにあるだろう。仮にあったとして、画家の心理が表現された絵画は、そうでない絵画よりすぐれているのだろうか。  》 180頁

《 作家はその天才に従って自由に創造を行なう主体ではなく、彼ないし彼女自身が歴史と社会の力関係の中で動き回っている存在である。一点ずつの作品をていねいに 見て、作品(そして作家)という事件を生じさせ、またその事件が周囲や後世にもたらしたいくつもの力を明らかにすることこそ重要だろう。 》 181頁

 「9 真贋を見分ける──江戸時代を例に」を読んだ。伊藤若冲曾我蕭白、浦上玉堂らの絵を例に真贋が論じられ、知らず興奮。

《 私が贋作であろうと判断して取り上げる作品は、さまざまな出版物に掲載されたり、展覧会に出品されたり、美術館の所蔵品だったりするものがほとんどである。 》  186頁

《 本物の特徴を稚拙に模倣した贋作が、本物とはこの程度のものかと人を惑わせ、本物の価値をわからなくしてしまうのが嫌いなのである。 》 191頁

 ずいぶん前知人画家の運転で箱根の某美術館へ行った時、セザンヌルノアールなどの有名画家の絵に、これが本物ならば三流品と彼に言った。

《 展覧会や出版物に登場する蕭白画の贋作は実に多い。 》 208頁

《 同様に、碁盤目で画面を分割して描写する特異な作品群でも、若冲が仕上げまで手掛けたのは額装の「白象群獣図」だけであり、彩色がひどく粗雑な静岡県立美術館の 「樹花鳥獣図」は、若冲の下絵をもとに別人が制作したと見たい。あるいは工房作かもしれない。 》 215頁

《 なお、若冲画の贋作の例に挙げた「孔雀鳳凰図」は、公開講座から十五年を経て岡田美術館の所蔵品となり、「八十三年ぶりに発見された若冲の傑作」として 『日本経済新聞』やNHKのテレビ番組などで報道され、東京都美術館若冲展」(ニ◯一六年)で「動植綵絵」とともに陳列された。信じ難いが、現実に起こったことで ある。 》 219頁

 雨。卒論を無事提出した女子学生が、借りていた資料を返却に来る。卒論の写しを手渡される。読むしかないか。雨。

 ネット、うろうろ。

《 また黄金比の話が流れていったけれど、あれはまともな美術系の人は口にしない迷信のひとつです→ 》 長谷川維雄 (artist)
 https://twitter.com/hasegawa_fusao/status/1100564672078503936

《 安倍さんは秘書官が勝手に動いたと言うけど、言うことを聞かぬ秘書官なら首を切りゃいい。かつて小泉政権の首相秘書官を務めた小野次郎氏は 「言動が首相と一体と見なされるのは至極当然」とし、小泉首相から「小野次郎の耳は小泉の耳だからと常に言われた」と証言する。ねえ安倍さん、ウソついてない? 》  立川談四楼
 https://twitter.com/Dgoutokuji/status/1100593087489859584

《 オレの友人は、仕事で21歳の人に、配偶者って何ですかってきかれたらしい。 》 しかのつかさ
 https://twitter.com/sikano_tu/status/1100678405349990400