「 愛句百句 」

 金子兜太(とうた)『愛句百句』講談社1978年初版を読んだ。一昨日の 大岡信『百人百句』が名句百選にたいし、先立つ金子兜太は、名句では なく愛句百選。名句も秀句も佳句も一緒くたに愛する句。両者に選ばれた 俳人はいるが、提出句は違う。

《 一般にはあまり知られていないが、自分では好きでたまらない、 いわば秘蔵のよろこびを味わせてくれる句がある。 》 「あとがき」

 秘蔵の句なので、私なんぞの知らない俳句が殆ど。すっごく個性的な 俳句が多い。気に入った句をいくつか。

《  良く酔えば花の夕べは死すとも可   原子(はらこ)公平  》

《 至福の陶酔感のなかに、おそらく、西行の「願はくは花のもとにて春 死なんそのきさらぎの望月のころ」をおもいだしていたのだろう。 》

《  山や野を歩き元日熟睡す   平畑静塔  》

《 静塔が自註をつけた『平畑静塔集』三百句には、なぜかこの句は はいっていない。 》

《 「元日」の句は、一切の説明無用とばかりに、自分の全身を元日の 山野にくろぐろとさらけだしている。元日の季題趣味を蹴って、元日の ひかりだけを受けとっているのである。 》

 自選と他選。自選句がかならずしも良いとは限らない。他者の眼力に よって発掘発見評価されることは、よくある。

《  鯉が笑えば比良山系も俺もゆらり   毛呂(もろ)篤  》

《 あくまでも鯉が笑ったから「ゆらり」なのだ。目まいではなく、 かるくこころも揺らぎ、つられて一望のもとにある比良山系も揺らぐ。 》

《  中年や遠くみのれる夜の桃   西東三鬼  》

 大岡信は以下の句を選んでいた。

《  おそるべき君等の乳房夏来(きた)る   西東三鬼  》

《  春夏秋冬魂くいちらかすは何   和田魚里(ぎょり) 》

《 こういう句ははじめから小賢しく詮索しないほうがよいのである。 》

《  タンポポと座っていたり僧四人   牧ひでを  》

《 「四人」ということばの視覚的な落着きとともに、「よにん」と 読んだときの聴覚の不思議さにここでは妙にひかれる。 》

 僧四人といえば、吉岡実の詩「僧侶」だろう。冒頭。

《  四人の僧侶
   庭園をそぞろ歩き
   ときに黒い布を巻きあげる  》

 四。

《  なにもかもなくした手に四枚の爆死証明   松尾あつゆき  》

《 妻と三児は爆心部の浦上の家にいて爆死した。長女は動員されて 魚雷製造工場にいたため、火傷を負い、ケロイドを残したが、命だけは たすかる。自分は勤め先の事務所にいたため無傷。 》

《 「四枚の爆死証明」は、死んだ者たちを火葬に付すために、いわば 火葬許可の証として発給されたものである。 》

《 「妻は、子は、一体何のために死んだのか。」という文中のことばが、 汗を噴いてとびこんでくる。 》

 金子兜太の句。

《  原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫歩む  》

《  天の川ねむりの四肢の獅子となり   加藤郁乎(いくや)》

《 加藤郁乎は都会の漂泊者である。 》

《 四肢(しし)が獅子(しし)だと駄洒落をとばすが、そこに油断 というものはない。 》

 四といえば、佐野洋『同名異人の四人が死んだ』講談社1973年、泡坂 妻夫「争う四巨頭」(『亜愛一郎の転倒』角川書店1982年が浮かぶが、 三上寛の歌『夢は夜ひらく』1972年がぐっと来る。
 http://www.youtube.com/watch?v=4wTQlb5KUJU

《 ♪ 七に二をたしゃ九になるが 九になりゃまだまだいい方で
    四に四をたしても九になって 夢は夜ひらく ♪ 》

 俳句はあまりに短い語句ゆえに鑑賞者を選ぶ。優れた鑑賞力によって 光が当たり磨かれすっと輝き、人口に膾炙してゆく。美術作品も優れた 鑑賞者によってその魅力が発見、顕彰されてこそ、後世へ引き継がれる。 鑑賞者が優れた作品を顕彰しなければ、歴史の底に埋もれてしまう。

 飯田龍太は『現代俳句の面白さ』新潮社1990年初版に書いている。

《 俳句のような短詩では、読者の解釈と、作者のとらえた情景が 一致しないことがしばしばある。鑑賞は、出来るだけその間合いを つめて、作者の意図に寄り添うようにこころがけるべきであろう。 》  259頁

 嵐の前の蒸し暑い曇天。せかされるようにブックオフ長泉店へ自転車 で行く。瀬戸川猛資編『ミステリ絶対名作201』新書館1995年初版、 大岡信『日本の詩歌  その骨組みと素肌』岩波現代文庫2005年初版、 鏡島元隆(かがみしま・げんりゅう)『道元禅師語録』講談社学術文庫 1996年10刷、宮坂宥勝監修『空海コレクション1』ちくま学芸文庫2004年 初版帯付、計432円。

 ネットのうなずき。

《 JCOMの工事が終わり、無料で1年間75チャンネル見られるように なったというので、ちょっとザッピングしてみたけど、見たい番組がない。 つまりテレビそのものが魅力がないんじゃないだろうか。 》 阿川大樹

 今年になってテレビはほとんど見ていない。何の不自由もない。

 ネットの見聞。

《 近所の安藤忠雄住宅がわずか9年で解体されています・・・ 》

《 この建物、建設時の様子がNHKスペシャルが組まれるほどの注目を 受けましたが、新しい木造の方が10年を待たずして解体に至ったのは 本当に驚かされました。 》
 http://matsuosekkei.blog85.fc2.com/blog-entry-2507.html

 安藤忠雄のウェブサイトでも「解体」だ。
 http://www.hetgallery.com/4m-tarumi-ando.html

《 5時に仕事を切り上げて帰る特権階級がゴジラ
  9時まで粘る律儀者がクジラ。
  12時まで死んだように働くのがシンデレラ   》小田嶋隆

 ネットの拾いもの。

《 地元チームをこんてぱんにしちゃって、ドイツチームが安全に 大会終えて帰国できることを祈る。 》