『 詩話・近代ふらんす秀詩鈔 』5

 齋藤磯雄『詩話・近代ふらんす秀詩鈔』第五章はポオル・ヴェルレエヌ。ヴェルレエヌの詩は浅学にして 読んだことがない。と本棚から『ヴェルレーヌ詩集』新潮社1967年初版を取り出してみると。やや、付箋が 数カ所に。全く記憶にない。……ああ、老化。挟み込まれた附録の粟津則雄「ヴェルレーヌランボオ」から。

《 ランボオという激しい光に通過されてヴェルレーヌが発した放電が、「無言の恋歌」と「知恵」の 二詩集としてわれわれに残されている。前者は、この本質的に相あわぬ二つの力の一回限りの出会いの 結晶であり、後者は、この出会いによって傷ついたヴェルレーヌが、悔恨の底からおのれを救いとろうと したこれまた一回限りの美しい祈りである。以後、彼は、これに匹敵する詩集をついに書くことは 出来なかった。 》

  齋藤磯雄は書いている。

《 ヴェルレエヌの生涯は、ランボオの出現によつて半ば蹂躙されたかの観があり、この凶暴な天才との 奇怪な関係を詳述せずしては語り得ないが、作品に於ては、ランボオの影響は殆どその痕跡を留めない。 》

《 (この新しい手法は『やさしき歌』を経て『言葉なきロマンス』と『智慧』に於て完成される。) 》

《 弱音器をかけたやうな、その「忍(しの)び音(ね)」の言葉は、最も素朴な人々と最も洗練された 人々とを、同時に魅了する。 》

《 この愁訴のごとく、私語のごとく、独白のごとく、欷歔のごとき唄は、ヴェルレエヌ風な「忍び音」 の極致であらう。 》

 齋藤磯雄の文には多分初めて目にする漢字表現がいくつも見られる。頻出する漢字が「苑生(そのふ)」。 苑は、宮廷の庭の意味。手元の辞書には庭園とあるが、苑生は多分、高貴な方という意味にも敷衍して 使われているよう。欷歔(ききょ)は悲しんですすり泣くこと。歔欷とも書く。使いこなせないわ。

 先だってヒメツルソバを駆除している時、おばさんからあそこにもあると指摘された石垣。目に入らぬ 場所での繁茂に見送っていたが、雨が止み晴れてきたので重い腰を上げる。グイグイ剥がし取る。ザリガニは 天国へ、トカゲと大きなアオダイショウは、他の草叢へ隠れてもらう。一時間あまりで剥がし終える。土手に 上げる。見ていたおばさんに後日乾いたら始末すると伝える。また出るというので、また抜けばいいと答える。 汗びっしょり。一風呂浴びてジーンズなどを洗濯機へ。

 昼、ご褒美のように椹木野衣氏から絵葉書が届く。絵は三松正夫「溶岩塔堆上」遺作1973年。 『アウトサイダー・アート入門』幻冬舎新書で取り上げられていた昭和新山の所有者であり在野の研究者。 また齋藤磯雄訳『リラダン全集』第一巻筑摩書房1977年初版函月報付が古本屋から届く。新品同様2,500円。 いい日だ。

 ブックオフ長泉店で二冊。池内紀(おさむ)『湯めぐり歌めぐり』集英社文庫2000年初版帯付、遠藤ケイ 『日本の知恵』小学館ライブラリー1996年初版、計216円。

 昨日は「かなまら祭」だったか。今年も行きそびれた。

 ネットの見聞。

《  コレクターが増えるのはいいが美術史に残らないインテリアアートで終わってしまう作家のみを 支援したところで何も続かない。美術史に乗っける作業をしてる作家が誰なのかのを理解しようとする 知恵をつけないと、もちろん投機になり得る作品を掴むことも出来ない。アートは雑貨じゃないと 言ってるのに。 》 渡辺篤
 https://twitter.com/nabe_chan_

 ネットの拾いもの。

《 「世の中に人の来るこそうるさけれ とはいうもののおまえではなし」
  「世の中に人の来るこそ嬉しけれ とはいうもののおまえではなし」
   の2種類あるんですよね、百ケン先生。 》