閑人亭日録

 『窓の現象』

 午後、知人夫妻の車に友だちと同乗。沼津市吉田町の元銭湯吉田温泉へ。元銭湯がそのままギャラリーとして使われている。入りたいな、と思っているううちに廃業。 まさか今入って見られるとは。これは面白い場所だ。番台に乗り込む。これはいい眺め~。壁や床のタイルも、服を入れるロッカーもいい。すべてそのまんまの銭湯遺跡。 全員興奮気味。来年ここで子どもたちの作品の展示をする方向で話が進む。
  https://ameblo.jp/gurumiokurumi/entry-10494352684.html

 昨日の藤村壮『窓の現象』”跋”の全文。

《    始まりも無く
    終りも無い

    ただ任意の一点をめぐって
    さまようのみ

    在ることのために
    失語症を癒すべきか

    過ぎ去るものは
    時ではない

    ひたすら
    無の円環をめぐりめぐる

    見えないものこそ
    見えるもの

    無数の自己が縦につながって
    彼方に消える   》

 椹木野衣の論考を連想。

《 それはコンサートというよりも、限りなく旅によく似ている。小杉の演奏がそうであるように、人は特別な日に旅に出るのではない。 旅に出ることで、生そのものが最初から旅であったことを知るのだ。そして旅=生ほど「滅茶苦茶な混成」であるものはない。 》 小杉武久とマランダという名の亀、 その終わりのない旅と夢
  https://artscape.jp/focus/10154654_1635.html

 ネット、うろうろ。

《 今、浪曲、落語、講談などの場に足を運びますと、会場の熱気に驚かされることしばしばです。 かつて、小沢昭一さんと国本武春師匠が「浪曲は貧乏な時代に受け入れられる」と語っていらしたそうですけれども、この「貧乏な時代」という言葉の意味について、 考えてみたくなります。とかく言葉が安易に利用されたり、誤魔化しに使われがちな今、「貧乏」なのは言葉ではないことは、明らかです。だからこそ、 聴く者が全身を耳にして直に言葉を受け取り、自分自身で言葉のもつ意味を醸成する語りの芸が求められているように思います。/平松洋子 》 4月26日(金)、 第11回伊丹十三賞を玉川奈々福さんにお贈りする贈呈式
  http://itami-kinenkan.jp/tayori/2019/05/003846.html

《 本当ですよ。だから幻冬舎文庫4月刊がハヤカワ文庫6月刊になった。出版社間の作品の取合いと誤解されないよう、沈黙していました。見城さんは人格者だし ツイッターアカウントもお持ちなので、問えば正直に答えてくださるでしょう。「我が社の営業部は『日本国紀』を批判する作家の本は売らない」と。 》 津原泰水
  https://twitter.com/tsuharayasumi/status/1128177839033835520

《 津原泰水の小説に関しては、今回の件とは無関係だけどドサクサにまぎれてお願いしたい、とっとと『ぺニス』復刊して!!(ちくま文庫 or 河出文庫で) 》  ghoc
  https://twitter.com/ghosts_cnm/status/1128497638444130304

 先だって某女性が「これ、何?」と聞いてきたのはキャサリン・ブラックリッジ『ヴァギナ』河出書房新社。で、「これもあるよ」と見せたのが、津原泰水『ぺニス』 双葉文庫2004年初版。どちらも未読。

《 高野史緒皆川博子、そして津原泰水が僕の「三大いい翻訳家に恵まれさえすれば世界的評価を得られる作家」 》 太田忠司
  https://twitter.com/tadashi_ohta/status/1128246797640404992

《  安倍
  「私も一生総理を続けます!みなさんも一生働きましょう!」 》