『十七絃琴』『二十絃琴』(閑人亭日録)

 LPレコード、菊地悌子『十七絃琴の世界』CAMERATA 1981年と野坂恵子・三木稔『二十絃琴の世界・III』CAMERATA TOKYO 1982年を久しぶりに聴く。
 https://www.maestrogarage.com/product/2406
 https://silenciamusicstore.net/?pid=158833051
 演奏については特に語る感想はない。後者のアルバム、石田一志の解説に注目した。

《 三木の鎮魂協奏曲は、そうしたロマンチックな劇的な表現や悲劇性によってではなく、避けがたい死にむかっての「情感と無常感」の心をゆれを素直に描いているところにレクイエムとしての本質的な新しさがあるといえる。そして死の避けがたさを、大地の土に返るという日本の伝統的な考え方に立って、それを自然の石による打拍音として音楽の中に位置づけたところも新鮮であろう。 》

 昨日読了した栗田勇『雪月花の心』に通じる。なによりも「情感と無常感」という表現にぐっと来た。三十年ほど前に書いた拙論『水と緑の情感都市へ』を連想。
 http://web.thn.jp/kbi/mizutomidori.htm
 そして「情感と無常感」は、味戸ケイコさんの絵につながる、と気づいた。拙論『魔の非時(ときじく)』。
 http://web.thn.jp/kbi/ajitoron.htm

 ネット、うろうろ。

《 今日のろくろ遊び。 》 木佐貫洋平 プロカリンバ奏者
https://twitter.com/LimbaTrip/status/1646743279902535681

《 現代アートはコンテキストだとか、最新モードはマスキュリンだとか、その手の言説はたんに「私はクリエイターではない/私は消費者である」というスタンスしか語っていない。 》 中島 智
https://twitter.com/nakashima001/status/1649689334856183808

《 高浜虚子は俳句が400年前に生まれたときから季題を背負っていて「季題(季語)を取り除けたならば俳句は即時に滅ぶ」と言った。

  しかし同時に「俳句は滅びるが、詩が滅びるのではない。それは新しい詩として存立する」とも言っている。

  伝統文化とはなにか、考えるときいつも彼の声が聞こえてくる 》 階段巡りツイッター
https://twitter.com/kaidanmeguri/status/1649413438286749701

《 「学問の世界に世襲ありませんから」

  なんとすがすがしい😊 》 buu
https://twitter.com/buu34/status/1649574461560201217

《 国力が旺盛で日本企業に競争力がまだあった頃は政治と利権が結び付いて自然を破壊する主な舞台は外国だったが、いまや利権企業も衰退して牙はより国内に向かっている。

  福島事故処理プロジェクトもそうだが日本の利権文化は自分の身体を食べつくそうとしている。

  東京ですか?… さらに表示 》 James F. ガメ・オベール
https://twitter.com/gamayauber01/status/1649391760945348608

《 世界中にこれだけ原発を建設した今、全ての戦争は核戦争になる。チェルノブイリ、福島の原発事故、そして現在進行中のウクライナ戦争で分かったはずなのに。 》 m-take
https://twitter.com/takeonomado/status/1649616918096269314