松本勝貴氏から恵投された未刊歌集『花の影 風の韻』(ワープロ原稿)を読んだ。二百首どれも重厚にして密やかなかなしみ、細やかな情調がさりげなく詠われ、処女歌集から四十年ほどの歳月の経験の深さをふっと感じさせる。以下、私的好みの短歌のごく一部を挙げておく。
はなふぶき音なくながれ影踏みの子どもらの影ほどかれてゆく
淡墨のさくらのしたにつどひきてささやきかわす影うすき人ら
霧に佇(た)つものみな独り をしげなく香気を降らす夜の樟(くすのき)
白昼の夢をまとひてうつらうつらバスはこの世の果てに行くらし
水打てば夏匂ふかな懐かしきひとそれぞれにこの世を去りぬ
幽かなる秋の耳鳴り 地下深き水琴窟にこほろぎの鳴く
暮れ残るこの人の世に幽かなるほほゑみのこしゆきし君はも
生まれきてひとも水泡(みなわ)も蜉蝣(かげろふ)もはかなき影をもちてさまよふ
厨辺(くりやべ)に黒々と水みたされてうづくまりたる冬の飯釜
埋火をひとつ起こしてまた埋めるひと代を生きしいのちの暗さ
をとめごの手鏡のなかに覗き見るこの世のほかのゆふやけの色
闇深き埴輪の眼窩 野を焼ける火中(ほなか)に立ちて何を問ふ君
うすみどりの蛇は衣を脱ぎをへて湯浴みする母のかたはらを過ぐ
灰色の父の蓬髪かき乱し野分吹くかな 晩秋挽歌
南風(はえ)わたる古きみ寺の天井に靡きてひさし天(あま)のはごろも
言霊のさきはふ国ぞかはたれの風の電話にひかり降る見ゆ