閑人亭日録

「北一明作作品光芒幻想美譚 2」

 その昔北一明から頼まれて書いた北一明作品についての拙文を(恥を忍んで)ネットに公開。その2。

《   「2 北一明作白麗肌磁呉須字書碗『人生夢幻』玉響譚」

  白露の候、山里は静かな朝を迎えていた。山裾の竹林は夜の静寂(しじま)をいまだ蔵し、方丈の庵もまた夜の静謐の中に居た。小体な縁側には主の忘れたものか、 白磁茶碗が一つ仄かに白く浮かんでいた。東雲赤く朝日に染まり、竹林にまぶしく斜光が差し込んだ。
  ……光生(あ)れ、竹林は粛然と耀ひたり、繊細の一葉一葉の尖先に、朝露の一粒一粒とまりたり、冷んやりと。寂林を涼風さやと吹き抜けり。風通る小径の竹葉 さやさやとさやげり。数限りなき露ゆらゆらとゆれ、ゆらり玉露離れ、一滴の雫となりて彼方一条(ひとすじ)に落ちゆけり。はかなき落下にも一瞬(ひととき)は 生(あ)れ、玉の影一糸の行書を映し遺しけり、白麗の茶碗に。婉美なる白磁茶碗外面に染み入る淡青の四文字「人生夢幻」。ひとよゆめまぼろしたまゆらと。

  紡錘糸ひきあふ空に夏昏れてゆらゆらと露の夢たがふ  山中智恵子

  一私人、縁側に正座せり。中天の日にかざせば白磁碗、葆光螢火の如し。染瀚四字淡淡しい青となりけり。「人生夢幻」正四方なれば、外面視野に一字のみ。 廻し見れば、あたかも走馬灯のごと。儚し。

  昼ながら幽(かす)かに光る螢一つ孟宗の藪を出でて消えたり  北原白秋

  晩鐘の音、遠く聞こえたり。落日白雲を赤く染め、茶碗の薄き磁肌を仄赤く透かしたり。厳かに呉須字浮かびたり。「人」の対面は「夢」。「生」の対面は「幻」。 人は夢、生は幻。

  夕暮のにほひするころ仮睡より醒めしうつつを何は救はん  佐藤佐太郎

  私人、茶碗を掌上に置きたり。茶碗、ゆるやかな歪みあり。すなわち、上縁わずかななる高低湾曲あり、正円ならず。薄き縁を指先でなぞれば、なめらかに 紆曲線を滑りゆく。微かなる楕円の慣性を軽やかに伝える。緩やかに、そして速やかに滑りゆく。一周二周三周……と、感性に閑雅なる無私を生ぜしむ。心無心に戻り、 夢駆け巡る楕円軌道の一点となりぬ。月日は巡り、季は巡り、年年歳歳全天を巡る、悠悠杳かなるかな。人生夢幻。季節は巡り、歳月は巡り、人は死にまた人は死に、 人は生れまた人は生れ、幾世代幾時代この白磁碗の天涯天縁を巡る。忘我忘却、暫し遊魂。
  ゆるやかな歪みのあればこそ、私人夢幻の天涯に遊ぶ。
  白磁碗、両掌にすっと収まりぬ。間然とするところなし。私人心服震撼す。白心の魂魄、妖(うつ)くしき白真美器を成すを識る。「人生夢幻」深きより。

  人が死にまた人が死に雪が降る   成田千空

  生きながら石に灼かれし人の影視まじきものをなみだ垂りいき  山田あき

  夢の世に葱を作りて寂しさよ   永田耕衣

  幻影よしばし絶えしが甦(かへ)り来て霜深き夜(よ)の胸にこだます  館山一子

  残照天空に痕跡をとどめ、昏れがての竹林に夜の冷涼忍び寄る。くろがねの風鈴凛と鳴る。白磁茶碗、玲瓏玉響(たまゆら)に人生夢幻。

  夢前川知らずもとほる夢の岸うつつにつかぬ音聴けとこそ  照屋眞理子  》
      『北一明創造ニ◯周年記念  生命乃燃焼』1992年3月刊行収録

 朝、源兵衛川最下流部へ。茶碗のカケラ、ガラス片を拾う。側壁に芽を出したヒメツルソバを抜く。重くなり、今季の作業終了。流水量が減る冬季までお休み。一汗。 帰宅。コーヒーが美味い。
 昼過ぎ昼寝。

 ネット、うろうろ。

《 朝日新聞小宮山亮磨氏の記事に関する私見 》 bunmaoのブログ
  http://bunmao.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-5b57c5.html

《  今50代以上の方々、覚えていますか?
  昭和の終わり頃、派遣法施行、消費税が導入されたら社会保障は万全になるとテレビ・新聞が盛んに煽ってた事を。
  平成も15年経った頃、今度は15年間年金保険料を上げ続けたら100年安心とウソつかれた事を。
  派遣法で雇用制度は崩壊、アベ政治で年金崩壊。  》 けん
  https://twitter.com/KSN1HybmjjiCMoQ/status/1118400042199470080