「忘却 復活 小原古邨」(閑人亭日録)

 小原古邨は戦前は海外でよく売れた木版画家と業界では知られていたが、昭和二十(1945)年に亡くなり、戦後は忘れられたようだ。1997年だったか、三島の画廊主が仕入れてきた小原古邨の落款の多色摺り木版画を見て、「烏は嫌いだが、この木版画は好き」と、画家の読み方も知らないで購入した。それが『柿に烏』。
 http://web.thn.jp/kbi/koson.htm
 まだインターネットに無縁の時、とある図録を見ていて小原古邨の展覧会が開催されていた(1998年10月3日~11月23日)ことを知った。さっそく横浜そごうにあった平木浮世絵美術館へ赴いた。受付で図録『小原古邨の世界  西洋で愛された花鳥画』を数冊購入。三島の知人たちに配った。「ごあいさつ」から。

《 浮世絵と新版画の狭間にあって見過ごされていた感のある古邨ですが、その画業は、新版画の研究においても重要であることを含め、再評価されるべきものです。 》

 1999年6月4日~7月4日、画廊との共同企画展「西洋で愛された幻の絵師 小原古邨展」を催した。当然のことながら平木浮世絵美術館同様、閑古鳥が鳴いた。2000年のネット検索ではたった18件。現在は・・・。
 2001年3月から7月にかけて、大規模な回顧展がオランダ・アムステルダム国立美術館で催された。立派な全作品集が、オランダのHOTEI出版社から出版された。日本人作家初の展覧会の情報をNHKテレビ以下、マスコミに知らせたが、無視された。
 2007年、季刊『版画芸術』135号で特集「知られざる木版画絵師 小原古邨/小林かいち」が組まれた。編集者が来訪。古邨の木版画を借りていった。特集の反響は・・・小林かいちの消息が判明した、くらいか。
 2012年だったか、清水町制五十周年記念に、テレビ東京の番組『開運!なんでも鑑定団』がやって来た。ディレクターから何か出してくれと依頼され、小原古邨の木版画を提供。後日電話があり、「中島誠之助が、これから騰がるから出さないでくれ」と言われた、と。出品中止。
 2018年10月、NHKeテレ『日曜美術館』で「小原古邨特集」。
 https://www.chigasaki-museum.jp/news/2972/
 資料を貸したお礼に図録を贈るというので放送後、学芸員に会いに行くと長蛇の列。学芸員に面会。「図録が売り切れてしまいました」。手ぶらで帰宅。
 2023年の暮、中外製薬から何の前触れもなく「小原古邨2024年カレンダー」が送られてきた。メールで問い合わせると返信。その一部。

《 貴殿がこれまで深く古邨作品に関わってこられたことに敬意を表し、
  弊社が日本化薬㈱の古邨カレンダー制作を支援していることから、
  来年のカレンダーを贈呈させていただいた次第です。
  また、茅ケ崎や三島で行われた古邨展にもお越しいただき厚く御礼
  申し上げます。 》

 見ているひとは見ている。