『100年前の難問はなぜ解けたのか』

 春日真人『100年前の難問はなぜ解けたのか』新潮文庫2011年初版を読んだ。副題は 「天才数学者の光と影」。1904年に数学者ポアンカレが提起した超難問ポアンカレ予想は、 正確には「単連結な三次元多様体は三次元球面と同相である」という数学上の命題。 それが2006年、ロシアの数学者グレゴリ・ペレリマンによって証明された。彼は 難問にかけられていた賞金100万ドルも、数学のノーベル賞フィールズ賞も拒否、 雲隠れしてしまう。なぜ、どうして。不可解な謎を追ったドキュメント。そこには数学の 魔界があった。ミステリよりもミステリアス。じつに面白かった。

《 実際、彼の愛弟子たちにも重要という認識がなく、人々が興味を持つまで三○年 かかりました。 》 79頁

《 ポアンカレ病から抜け出すために、新たな難問を必要とした博士。数学者とは結局、 「難問に挑み続ける」という病から逃れられない生きものなのだろうか。 》 104頁

《 数学者は常に、楽しみと苦痛とが織りなす日常、そして『特別な数学の世界』との あいだを往き来しています。数学の世界への扉を開けられる者は限られていますが、 そこには永遠の真理があり、すべてを理解できる者だけが、その世界で完璧な美を 目撃することができるのです。まるで迷宮に迷い込んでしまったかのように、 クリスタルの壁に乱反射する美しい光に数学者は思わず取り憑かれてしまうのです。 》  105頁

 北一明と彼の焼きもの=耀変茶碗について述べているよう。

《 数学者は、非常に大ざっぱにいうと「アイデア提起型」と「問題解決型」の二種類に 分けられるといわれる。(中略)もちろんこの両者が融合したいわゆる「万能型」の 数学者も稀にいる。 》 165頁

 北一明は「万能型」だ。

《 私は身に沁みて知っています。まず最初に何かを考え出すとき、そこには孤独が つきものなのです。 》 170頁

《 ペレリマン博士は、高校時代に育んだ物理学の延長線上にある熱力学の世界にまで 立ち入って、難問に挑んでいたのである。 》 208頁

 北一明も同様のことを勉強して焼きものに応用した。

《 ポアンカレ予想を証明することは、私たちには想像すらできない恐ろしい試練だった のかも知れません。その試練を彼はひとりでくぐり抜けました。しかしその結果、 彼は何かを失ってしまったのです。 》 238頁

 北一明もそんな一人か。

 先だって知人の銅版画家が、作品をいいと言っても買ってくれなくては個展ができない 旨をツイッターで発言していた。誠にそうだと思う。褒めてくれるなら買ってくれ。 やたら褒める人は買わない、というのが私の経験則。北一明の茶碗を名の通った人たちが 高い評価をする。作品を彼らが買ったという話は、寡聞にして聞かない。褒めることは 誰にもできる。
 バブルがはじけた平成の初め、北一明から時折電話があった。茶碗を買ってくれ、だ。 値段を聞き、札束を持って東京中野のマンションへ赴いた。彼の言い値で作品を購入。 傍から見れば呆れた買い方だ。他の美術家でも値段の交渉をしたことはない。割高だと 思えば話題にしない。手頃だと思えばその値段で購入。馬鹿をみた、という悔いはない。 その時に気に入った作品だから。一級品だけを買うわけではない。 二級品を好みで買うこともある。まずは一級品を知っておかなくては、と思う。
 19日に書いたが、一流品と一級品を峻別する目が求められる。美術品を判断する時に 必須な要件は、「知識・経験・直観」。私はそれに疑う目を加える。いわゆる名作に どこがいいの?と疑いの目を向け、文献を漁る。読み込むうちに自らの判断の浅いことを 知る。それを繰り返すことで、一級品を発見する目が育つ、と思う。
 食べものは旨い不味いが自らの舌で大方判断できるが、美術品はなかなかそうはゆかない。 判断がふらっとよろめくのは、その価格に惑わされるから。美術品の価値と商品価格は 一致しないのが普通。美術品の価格やオークションの落札相場を気にしてばかりいると、 その美術品のもつ価値を見誤る。馬鹿をみる。

 ネットの見聞。

《 第1回 屈しないろくでなし子さんの根性 》 webちくま
 http://www.chikumashobo.co.jp/new_chikuma/rokudenashiko/index.html

《 翁長知事「『基地で沖縄が食っている』という認識は、40年前の話。 今や基地は沖縄経済発展の最大の阻害要因である」  》 BLOGOS
 http://blogos.com/article/112534/

《 アスリートの躍動、観客の歓声が融合し一つの大きな鼓動となって、このハートスタジアムに 響き渡るのが聞こえてくるようじゃぁないか!」という国民的建築家一人の賞讃によってアッサリと このコンペ審査は終了した。この権威の意見に、同席していた元総理も「そうかな?」と0.01秒で 納得したのであった。(多くの政治家は審美眼を必要としてない) 》 風間サチコ「脱腸構築」
 http://kazamasachiko.com/?p=3538

《 とくに新国立競技場コンペの建築審査員の方々はもしかしたら、その見識は本当にデザイン (見た目の形)のみで、構造エンジニアリングや技術的知識や施工や実施設計について、 今まで人任せでなんにも考えてきてないんじゃないか、、、とすら思えてくる事態なんです。  》 「新国立競技場の基本設計が終わらない理由3」
 http://www.huffingtonpost.jp/takashi-moriyama/new-national-stadium_b_5303362.html

《 演武会中に電話取材があって、途中で会場を抜け出して「安倍話法」についてコメントしました。 質問に答えないのも、事実と違うことを断定できるのも、反証されたことを繰り返し言い募るのも、 「自分にとって不都合な事実は意識に主題化されない」からでしょうとお答え。 》 内田樹
 https://twitter.com/levinassien

 ネットの拾いもの。

《 「日本のココが凄い」とか「世界に誇る日本の技」とか「日本の技術は世界に誇れる」 とかいうテレビ番組が、もういいよと言いたいくらいやたらと多い。でも「日本の報道の自由度は 世界61位で凄い」という番組をテレビ局が作ったら絶対に見るよ! 》

《 ガンプラ界で「ガンプラ」が通貨単位として使われているように、読書界では 「ヒュアキントス」が通貨単位として運用されている模様。ちなみに、1ヒュアキントス=5,000円 (正確には4,968円)、1ガンプラ=300円(当時) 》