夜の絵、夜景

 昨日取りあげた安藤信哉の絵に、見た限りでは夜を描いた作品は見当たらない。そこでふれていたルノアールセザンヌも、私の知る範囲では夜の絵は知らない。 モネは日没を描いたが、夜は描いたかなあ。四人とも夜の絵があるとしても、一級の作品か疑わしい。ファン・ゴッホは夜の情景を描いているが、夜の深さよりも 光=明るさを描くために夜を使ったという気がする。安藤信哉も印象派にくくられる画家たちも、夜そのものにはさほど関心がなかったようだ。
 私の好む絵には夜の絵が多い。机の右手の壁上方には木葉井悦子の『どんづき』。
 http://web.thn.jp/kbi/kibai.htm
 味戸ケイコさん以下、荒木哲夫、井上安治、小原古邨、川瀬巴水、高橋松亭、坂東壮一、深澤幸雄、利渉重雄ら、どれも夜を描いている。いや、夜を描いている絵を 私は好む、というべきか。挙げてみると「夜の絵」展をしたくなるなあ。他にもあるし。「怖い絵」展が大人気だったから「夜の絵」で二匹目のドジョウを。
 http://web.thn.jp/kbi/ajie.htm
 http://web.thn.jp/kbi/araki.htm
 http://web.thn.jp/kbi/yasuji.htm
 http://web.thn.jp/kbi/koson.htm
 http://web.thn.jp/kbi/hasui.htm
 http://web.thn.jp/kbi/shoutei.htm
 http://web.thn.jp/kbi/bando.htm
 http://web.thn.jp/kbi/fuka.htm
 http://web.thn.jp/kbi/risho.htm
 そして西洋画では13日にも挙げたが、最も惹かれる画家、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール
 http://www.salvastyle.com/menu_classicism/latour.html
 夜景を描いた画家と言えばカスパル・ダーヴィト・フリードリヒがいる。好きな画家だ。
 https://nippon-art.club/article/western/friedrich/
 レンブラントの大作『夜警』は、本来は昼間の絵だが、経年で夜のように暗くなったという説もあるとか。
 朝、富士山頂は大きな笠雲に覆われている。所用を済ませた後、そのまま自転車で南下。ブックオフ函南店へ。茂木健一郎『東京藝大物語』講談社文庫2017年初版、 ミハイル・ブルガーコフ『犬の心臓・運命の卵』新潮文庫2015年初版帯付、計216円。帰りは富士山を目の当たりに見て北上。雲が広がり山を隠す。
 真冬用のパジャマのズボンのゴムが弱ったので、100円ショップでゴム紐を購入。や、太い〜太すぎ〜。でも根性で押し込む。専用の鈎の先端部をペンチで挟み、 ぐいぐい力づくで進める。しばらくするとコツがわかる。なんとか一周。お久しぶり〜。結んでやれやれ。
 年賀状の宛名書きを終える。さて、裏面の手描きはどうするか。去年の線描画は毀誉褒貶いろいろだった。なにせ素人の一筆啓上だから。きょうはここまで。 黄昏てコーヒータイム。

 ネット、いろいろ。

《 私は、「デッサン」(エチュウド)というものを、「本画」(タブロー)のための準備段階の絵であり「本画」より価値が低い、とはどうしても思えないのです。  》 福山知佐子
 http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2017/12/index.html#entry-117779536

《 数学の超難問・ABC予想を「証明」 望月京大教授 》 朝日新聞DIGITAL
 http://www.asahi.com/articles/ASKDD5Q6MKDDPLBJ007.html?iref=comtop_8_05

《 しかしカンファレンスに集まった数学者たちは、このケドラヤによるフロベニオイド概念の講演により、望月の手法がスピロ予想の定式化にどのように つながるかについて、初めてその真意を理解した。ただ次のステップこそが重要である。この証明を説明するために、フロベニオイドによる転換がいかに 「新しく、かつ有効な手法」なのかが示されなければならない。 》 望月新一による「ABC予想」の証明と、数学界との闘い/WIRED
 https://wired.jp/special/2016/shinichi-mochizuki/

《 浮かれ電飾論〜浮かれ電飾は「正義化」する 》 大山顕/Daily Portal
  http://portal.nifty.com/kiji/171215201476_1.htm