昨日の「祝婚」は三人称の私小説といった趣だけれども、「詩人」はエッセイ、評論ともいうべきもの。
「そっくりというのではないが、尼崎安四の生涯を年譜に読んだとき、前方を歩いて行く自分の背中を見るような気がした。」
「彼はひっそりと霧の中を来て、霧の中に消えていった。」
そんな昭和二十七年満三十八歳で亡くなった尼崎安四(あまさき・やすし)の詩と人生について書かれている。没後初めてまとめられた詩集には五十篇を収録。紹介の戦場における詩「火砲」から。
遠い地平線には何ものも見えない
空無の力が脅かす烈しい圧力
蒼空は遠く地の涯に無限枚数の蒼空を重ねる
遠ざかりつつ己れに沈んでゆくものの深いしじま
強靭なる詩魂。セザンヌの油彩画を連想。画集を開いてセザンヌの筆触を確認。通じる。
「塵箱の中に捨てられてゐる砕けた皿」をうたった詩「微塵」から。
あるところは眩しく月光にてりかがやき
あるところは涯しない闇にそのままつらなってゐる
人生への深い諦観をともなう際立つ美の深淵を感じる。
「没後三十年ちかくも経ってはじめて詩集が世に出るということは、稀有のことと言わねばならない。」