『33個めの石』

 昨夜、寺井尚子『ヴェリー・クール』をじっくり聴いて、結局モダン・ジャズ≒ハード・バップの 演奏形式は、絵画における黄金比のようなものだな、と思った。その形式を打ち破るべく、マイルス・ デイヴィスがモード形式に則って演奏表現を拡大し、さらにはフリー・ジャズへと進展していったが、 二十一世紀になってみれば、ハード・バップの形式のジャズが生き残っている。それはジャズの完成形 なのだろう。美術における具象画が今世紀も生き残り、アヴァンギャルド(前衛)作品が歴史的出来事= 運動としてしか記憶されないように。いや、このあたりは異論が噴出しそうだ。百年単位で見れば、 どの作品が残り、何が出来事としてしか記録されないのか、判明するだろう。古臭い形式と見なされた作品が、 意外にしぶとく遺る。その時々の目新しいものほど早く古び、忘れられる。それは新鮮さだけが命だから。 新しく思えるものほど目を眩ませられる。熟成、完成されたものは遺る。それには常に発見があるから新しい。 時代が変わって忘却されても、優れた作品は再び発見され新たに甦る。結局、形式様式ではなく 作品そのものの充実に帰する。時代の底を突き抜ける充実した作品を手にしたい。優れた骨董を欲しいとは 思わないが、将来の名品、隠れた名品を探したい。

 森岡正博『33個めの石  傷ついた現代のための哲学』春秋社2009年初版を読んだ。「赦すということ」 「自殺について」「監視カメラ」などの題目で、それぞれが二頁に収まる数篇からなる短文集。 「自殺について」の項目「4」から。靖国神社戦争博物館遊就館」の展示物。

《 それは当時の真岡郵便電信局に勤務していた17歳の女性で、終戦直後に青酸カリを飲んで服毒自殺 したのであった。同僚8名も、ともに命を絶った。敵に辱めを受けるのならば、その前にいさぎよく 自殺したほうがよいと教えられていたのだろう。(中略)彼女たちをこのような状況に追い込んだという 点において、日本軍の太平洋戦争はけっして許すことができないと私は思った。彼女たちがみずから進んで 副毒自殺するというような状況を作り出したというまさにこの一点にこそ、戦争の悪のすべてが凝縮されて いるように、私には感じられたのである。 》 20-21頁

 過去の戦争から未来の戦争まで論じられている。どの項目も問いかけがさり気なく難問。よって答えは ……出しようのないものが多い。

《 実は私自身、動画のなかのロボットに、ある種のエロスを強く感じた。(中略)魂がないはずのロボットに 対して、人間の最も深い情動が反応してしまうことの驚きと怖ろしさを感じた瞬間であった。 》 71頁

 昨日の寺井尚子『ヴェリー・クール』を連想。演奏の訴求力、吸引力と演奏者の躍動感、官能的感応。生と性。 生≒性。これはなんともやっかいな難題だ。筋道をどう通しても地雷を踏む。

 これから起こりうる深刻な問題を読みやすい短い文で提起した本だ。文章は軽く内容はとてつもなく深い。 軽く読めてめっちゃ思索を刺激される。考えるヒント集だ。著者の考えに賛同しないものは当然あるが、 物事を深く考えたい人には刺激に満ちた本だ。

 銅版画家林由紀子さんがサダキチ・ハートマンのことをリツイートしていたので、太田三郎『叛逆の芸術家  世界のボヘミアン=サダキチの生涯』東京美術1972年初版を本棚から抜く。加藤郁乎の小説『エトセトラ』 薔薇十字社1973年初版の参考に買った記憶。

《 「夜分、突然ではございますが、お邪魔をいたします。わたくしはこの近くに住まいをいたしております、 老馬のサダキチと申します」 》 『エトセトラ』95頁

 んなことでついつい『エトセトラ』を読みふけってしまう。付箋の貼ってあるところは、やはりおもしろい。

《 書きにくいペンは取り替えることに、馴れ馴れしくなった女とは別れることにしているが、それでも 無駄や無理が出てくる。 》 23頁

《 家に帰るくらいなら、自然に帰れ、と叫びたくもなるわけである。 》 53頁

《 「今こそ」と言おうとしたときにサダキチ氏が一升壜をラッパ飲みしはじめたので、見惚れているうちに 今の方でどこかに行ってしまう。 》 112頁

《 「主体性ってゴミみたいなものじゃないの」とひとりごちた。
  「ウマい!」サダキチ氏はいきなり自分の膝を叩いた反動によるものか、動画的に立ち上がった、 》  113頁

 キリがない。ウィキには断り書き。

《 この項目では、文学者の太田三郎について説明しています。芸術家については「太田三郎 (芸術家)」を、 画家については「太田三郎 (画家)」をご覧ください。 》

 ブックオフ長泉店で三冊。小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』新潮文庫2015年初版、出久根達郎 『猫の縁談』中公文庫1995年4刷、林望・編『買いも買ったり』光文社文庫2001年2刷帯付、計324円。

 ネットの見聞。

《 「絶対鬱病にならない人を採用したい」と相談してくる企業もあります。 ストレス耐性の高い人を見分けるテストもありますが、そういう人は対人関係に極めて鈍感で 戦力にならないことが多い。 》

《 ・・・・・・ああ遠いな、空も。 》

 ネットの拾いもの。

《 ミサイルは哀しからずや ロケットにも 人工衛星にもあらずに 》

《 「育児休暇取得を申請します」「で、キミも浮気www」 》

《 帰りの電車でブルガリの紙袋を下げたおっさんがおるねんけど、やっぱりキャバクラに行くのかな。 》

《 修行道場になぜ太った修行僧がいるのか?この質問がたまにありますが、答えは、前はもっと太ってた。 これが一番正しい答えです。 》