「 蒐集について 」

 昨日の柳宗悦『茶と美』だが、北一明の茶碗は、茶器だとは私は考えていない。 あれは茶碗のかたちをしたオブジェである。茶碗のかたちにどれだけの美を展開 できるか、と挑戦した結果である。新しい革袋には新しい酒を。新しい茶碗には 新しい美を。自然美とは対極の人工美の世界だ。けれどもそれは釉薬と炎との 激しく高度にして絶妙な化学反応によって創出された美。人知を尽くし、 自然の力を最大限に活用した、と言える。美の規準が違う。

 柳宗悦『茶と美』で、概ね賛同というか、苦笑したのは昭和七(1932)年、 柳四三歳の「 蒐集について 」。

《 しかしなくなったっていいものに夢中になるのが蒐集の面白い点である。 人間にこの余裕がなかったら、生活はさぞ冷たいであろう。 》 98頁

《 なぜ要りもせぬものを沢山集めるのかと聞く方がある。だがここは「なぜ」 というような合理的な道ではない。 》 99頁

《 蒐集は一つの保護ともいえる。離散したものの邂逅である。大切にすべきが 至当である。 》 103頁

《 だがもっと下らぬものがある。マッチのレッテルはまだしも、ホテルの貼紙や、 足袋屋の商標を集めるのに腐心する者がある。ビラはがしに夜かせぎするものがある。  》 112頁

 45年前、学生運動のアジ・ビラを夜ひっそりと剥がしたのは、私です。

《 問題はその蒐集家がどんな目標で選んでいるかに帰するであろう。その深さと 浅さとで左右に分かれてしまう。 》 117頁

 学生運動の一次資料として保管してある。

《 数への執着は蒐集を深めない。吾々は数よりも質が遥かに大事なのだということを 忘れてはならない。 》 119頁

《 自ら選ぶ力がない故に、拠り所を銘に求めるのである。箱書が悪いというわけではないが、 箱書で物の価値を定める態度は棄てていい。箱書よりもっと物自身を見ねばならない。  》 124頁

《 蒐集はただ集めることではない、整えることである。従ってそれは価値世界の 認識である。 》 131頁

《 存在すべきでない蒐集がこの世には多い。 》 131頁

 お金の蒐集かな。エロ本の蒐集は違うよな。

 午後、画家田村映二氏にお貸していた赤瀬川原平『櫻画報永久保存版』青林堂などを、 友だち経由で受け取る。先だっては結婚、出産して大阪へ引っ越した女性から相倉久人の 本二冊『ジャズからの挨拶』『ジャズからの出発』音楽之友社が郵送で戻る。その前は 静岡市へ引っ越した女性からカーレン・ブリクセン『アフリカ農場』工作舎が戻ってくる。 どの本も昨年に貸したもの。一年以上過ぎているから、もう戻ってこないと思っていた。 最近の人は義理堅い。

 ネットの見聞。

《 ハイテンションな見栄っ張り競争はそろそろ余裕を持って新興国に譲り、 彼らが一周回らなければ至れない新しいステージに立ったことを示すことが、 次の日本に有効な生存戦略になるはずだ、という確信が僕にはあります。 》 会田誠
 http://www.gentosha.jp/articles/-/2995

《 国立大学が「文系廃止」を推し進める裏事情→安倍晋三首相の存在? ・・・  一国の頂点に馬鹿か気違いが就くと、こんな風になる。文化国フランスは何がなくとも、 知識の最上級は、哲学、文学。大統領も大半が文系。人間存在は科学では救えないのだ。  》 TertuliaJapon

《 沖縄知事との首相閣僚の面会拒否問題、アポ無しで行く方が悪いと事実を歪めた 「自分の解釈」を書いてきた人が何人かいたが、首相や閣僚と会う目的で上京する時、 アポ取る手続きせずに行く地方首長はいない。行って会えなかった事実より「翁長氏の 会談要求を首相と閣僚が徹底拒否」が問題の核心だろう。 》 山崎雅弘

 安倍、狭量で情けなくなるわ。

《 ぐずる子どもには、飴を口に入れて黙らせる。言うことを聞く子には見栄えのいい オモチャを買い与え、聞かない子には買わずに差別化する。屁理屈で騙す。どうしても 言うことを聞かない子は、誰も見ていない場所で殴る。日本の政府/行政が国民に対して とる手法は、先進国という言葉とはかけ離れている。 》 山崎雅弘

 海外メディアの評価を見ると、ホント情けなくなるわ。

《 それにしても、不景気のNEWSが報道されない。美味しいものを食わされて、 マスコミが口封じされてるw おいらはアベシンゾーに義理はないので、好き勝手書きます。  》 ネットゲリラ
 http://my.shadowcity.jp/

 ネットの拾いもの。

《 凍結して動けなくなった航空機を乗客たちが押し、無事に出発。乗客のコメント。
  「みんな家に帰りたかったんだ」(シベリア) 》

《 2015年を予言した情報をまとめてみたら悲報しかなかったw 》