『 生命とリズム 』つづき

《 われわれがなにごころなく自然に向かった時、そこでわれわれの五感に入ってくるものは 諸形象すなわちもろもろの”すがたかたち”であろう。 》

 上記、昨日の引用から高浜虚子の俳句を思い浮かべた。

   遠山に日の当りたる枯野かな

   石ころも露けきものゝ一つかな

   虚子一人銀河と共に西へ行く

   去年今年貫く棒の如きもの

 三木成夫『生命とリズム』河出文庫2013年初版は四章、「生命とはなにか──生命論」 「からだと健康──保健論」「先人に学ぶ──人間論」そして「生命形態学への道──形態論」 から成る。後半の二章が、とりわけ刺戟的だった。人間論から。

《 ただ、ここ十年、私の解剖学はおろか、生活の根底にまで、ある決定的とも思われる影響を 与えた人間形成に関する出来事のなかに、たまたま晩年ゲーテのそれが含まれていた、という それまでのことなのである。 》 197頁

《 すでに宿題となっていた「舌と陰茎」のこの両端の神経を苦心惨憺ほじくり出し、(中略) われわれはピンセット片手に、この「食と性」の道具が、「口─肛」の床から、それぞれ 「手・足」の延長として”生えて”いる模様を、飽かず眺めたものである。 》 205-206頁

《 「これが原形と変身のいわば元祖だったのか……」そこには、ひとつの感慨とともに、 なにかゲーテという人間の懐刀の鞘に、じかに触れた想いがあった。この詩人は、すでにここで 「生」の本質を「太陽系の描く螺旋軌道に乗って『食と性』の位相を交替させる、果てしない波の 連なり」と見抜いていた。 》 206頁

《 すなわち、われわれの祖先たちは、脳のはたらきが一方において、高度の文明を約束するかたわら、 実は他方において人間に我執という際限のない煩悩をもたらし、ついにはかれを破滅の道にまで 追いやるものであることを熟知していたのである。 》 216頁

《 カイコの胴体をした小さな寄生虫は、毛穴から人間の皮膚に潜り込むと、その直下を モコモコ右に左に休みなく這いつづける。その緩急自在の方向転換が、どんな原因で起こるのか、 これまた知る人はいまい。そこに描き出された図形こそ、自然の織りなす文様、造化の神の意匠と 呼ばれるに相応しいものではないか。 》 230頁

 造形家白砂勝敏氏の描く抽象的不定形画を連想。
 http://shirasuna-k.com/gallery/%e5%b9%b3%e9%9d%a2%e4%bd%9c%e5%93%81%e3%80%80two-dimensional-art-works/

《 ”幻滅”とはすでに描かれた幻が、間違ったものだったことを意味する。真の幻とは いつの時代にあっても、けっして消滅するものではないのだ。 》 232頁

 上記に続く結び。

《 その”チョッ・チョッ”という刹那の仕草の中に、それは、いまもなお脈々と息づいて いるのではなかろうか。 》 232-233頁

 この一文にデザイナー内野まゆみさんの、ささっと描いてしまう名刺の絵を連想。

 「生命形態学への道──形態論」はこの本の白眉といえる。

《 原形とは、自然の”しかけしくみ”ではなく、”すがたかたち”を見る、その様な眼によって、 その背後にではなく、まさにそのものの中に映し出される文字通り夢幻の出来(しゅつらい)を 言ったもので、それは、その体得の深さと共により色鮮やかに浮かび上がって来る、その様な ものではないかと思う。 》 255頁

《 原形の体得と言うものは、単に生後、それも小鳥や犬猫と言ったその様なものだけに就いて 行われるものでは決してない。それは言って見れば、生前すなわち遥かに遠い祖先の彼方から、 もっともっとわれわれの生命に直結した、それも夥しい物事に就いて行われて来たのでなければ ならない。 》 257頁

《 記憶とは、従って、おのれの至適条件を肉体に銘記する。それは「原形体得」のいわば 根源の形態となる。その生命的な推移の故に、ひとびとはこうした本来の意味での記憶を 「生命記憶」と呼ぶ。 》 258頁

 わかりにくいと思う。自身、理解したとは思えない。

《 人体解剖学とは、人間のからだの構造を調べる学問を言う。 》 280頁

《 ところで、構造の解明とはもちろんこれで終わったのではない。人びとはやがて、こうした 構造のもつ「意味」の追求を始めることになるのであるが、ここから実は、道が大きく二またに 分かれてゆく。そのひとつは、構造のもつ「しくみ」を分析するまさに自然科学の方向であり、 他のひとつは構造のもつ「かたち」を体得するいわば自然哲学の方向である。 》 281頁

 三木成夫は後者、自然哲学への道を進んだ。ビリビリと刺戟を受け、さまざまな発想が浮かぶ。 それにしても、吉田一穂(いっすい)『古代緑地』が出てくるとは。

《 鶏胚の血管注入標本だが、抱卵四日目のここに、古生代石炭紀の、あの《古代緑地》が 宿されていることを井尻(正二)さんはホンの一言で指摘されたのだ。 》 227頁

 『吉田一穂大系 第二巻 詩論』仮面社1970年初版を取り出す。が、本棚へ戻す。 これを読む気力は今はない。「古代緑地」序から。

《 しかも、またこれはわが感性論の一部であり、詩の根源を問ふ自らに課した思索として、初め 候鳥の回路に誘われ、つひに地軸30度変更の仮説をもつて地平線を超え、彼等が元初の生地へ 導かれて行つた。 》

 『 生命とリズム 』の一節が浮かぶ。

《 これをもし、われわれの言葉で表現するとしれば、どうなるだろう──夜の眼は地層を垂直に 掘り下げ、昼の眼は地表を水平に進む。前者は時間を振り返るが、後者は空間を展望する──。 》  225頁

 吉田一穂はその双方を試みたという気がする。

《  ああ麗しい距離(デスタンス)
   常に遠のいてゆく風景……  》 「母」より

《  私(わたし)は母の遠い忘却にかへり
   蝋燭(らふそく)の輪に描く古い夜語り。  》 「霧」より

《  太陽は今、何処(いづく)の天空に思ひ悩んでゐるであらう
    (またこの古き暦に永遠界の粛(しづ)かな命数を操り……)
   峡江(いりえ)は白き屍衣を纏ふて凍土(ツンドラ)の蘚(こけ)の翠(みどり)を夢みる。   》  「北海」より

 ブックオフ長泉店で二冊。近藤史恵『タルト・タタンの夢』創元推理文庫2014年再版帯付、関川夏央 『石ころだって役に立つ』集英社文庫2005年初版、計216円。

 ネットの見聞。

《 アマゾン買取サービス書籍の部、先々週と比較して買取最高価格が軒並み下方修正された様子。 さすがに当初の買取価格では利益が出ないと判断したのかも。わかりやすい売れ筋本はともかく、 古い専門書はそこそこの売値がついていても買取不可もしくは只みたいな数字に。当店の買取とは 全く競合しない。 》 かぴばら堂
 https://twitter.com/kapiparadou

《 明治政府は一連の条約改正を政治課題に掲げて前政権である幕府の無能無策を強く主張するキャンペーンを張り、 これが通説として長く信じられるようになった。しかし、史料を丹念に追うと、このような幕府無能説、 軍事的圧力説、日米和親条約不平等条約説はどうにも当てはまらない。 》 「幕末外交と開国」加藤 祐三
 http://kousyou.cc/archives/13448

 ネットの拾いもの。

《 政府による株買いで、ユニクロ国営化の噂。筆頭株主日本国。 》