谷川健一『常世論 日本人の魂のゆくえ』平凡社選書1983年初版、「若狭の産屋」を読んだ。
《 ところで私は柳田〔国男〕が生きていればきき耳をそばだてるにちがいない発見をした。
敦賀湾に面した常宮(じょうぐう)という海村で、自分の子供三人をその集落の産小屋で産ませた経験をもつ老人の話を私は聞いたことがあった。 》 65頁
《 こうした老人の話を聞きながら、突然私は緊張した。それは老人が次の話をしたからである。
産小屋には畳は敷かない。海のきれいな砂をまず敷き、その上に藁をおき、次に粗いムシロを重ね、一番表面には藺草(いぐさ)のゴザを置く。産婦が入れかわると、 砂と敷藁を取りかえた。
「その砂をなんと呼ぶのですか」
「ウブスナ」 》 66頁
《 そして彼〔柳田国男〕はなお「ウブスナという言葉を書物の上の知識では無しに、今でも実際に知って使う人が有るかどうか。もし有るならば何がウブスナであるか」と 読者に問いかけている。
そこで私は「ウブスナとは産屋(うぶや)の砂のことである」、というもっとも簡明でもっとも根源的な答えを、思いがけなく柳田のまえに提示することができるので ある。
ウブスナに産土(または生土)という字をあてているのは、産砂から産土へ、すなわち砂から土へと産屋の地面が変化したことを意味すると考えればよいのである。 》 67頁
《 ではなぜ産屋に砂を敷いたのだろうか。 》 73頁
探求、考究は進む。じつにスリリング。
《 常宮の老人の話でも、男が産屋を訪れることは禁忌なので、妻子が恋しいときには、窓からのぞき見するよりほかなかったという。 》 76頁
《 このように、産屋を密閉したのも、また生まれたての赤ん坊に数日間は新しい産衣をつけさせず、ぼろ着物で包んだというのも、死の国から生の国へとよみがえらせる には、身体をすっぽりとくるむ儀礼が必要だったからだ。そしてそれは卵の殻や鳥の巣を想像させずにはおかない。 》 77頁
雑用に追われてきょうはこの一つを読んだだけ。
ネット、うろうろ。
《 都市にはなんでもある。雑多なもの、人が集まり、光と闇があり……というのが近代だったが、インターネットがそれに置き換わると、 都市がいかにローカルなものだったかが強く意識されてくる。 》 千葉雅也
https://twitter.com/masayachiba/status/1316666566138716160
《 説明します。フーコーは3つの時代区分をおおよそ描いていますが、それによって一時代が別の時代に完全にとって変わられたと主張しているのではなく、 重なり合っていると考えています。つまり「時代区分もあるし重なり合いもある」という捉え方をするのがフーコーの読み方として普通です。 》 千葉雅也
https://twitter.com/masayachiba/status/1316602474703196160
《 俺は右翼だけど、20世紀前半の日本は植民地を作っていないとか公共の場で堂々と言われるとさすがにギョッとするよ。当時の大学には植民政策学っていう講座があって 日本語の本いっぱい出てるよ。っていう話というか説教をしました。 》 松下哲也
https://twitter.com/pinetree1981/status/1316627279900897280
《 下村博文政調会長には政治家としての良心がない。「2007年以来、学術会議が1つの答申もしてない」だって?政府が諮問してないんだから当然で、 実は今年だけでも64の有益な提言をしてるんだぜ。おい、そのデマはこの事実を知って流したか知らずに流したか、どっちなんだ?で、200万円の説明はいつする? 》 立川談四楼
https://twitter.com/Dgoutokuji/status/1316949509314936833
《 昔騒がれた、高待遇で海外に引き抜かれる、いわゆる頭脳流出と今の研究者の流出は根本的に違っている。
今は日本国内に落ち着いて研究のできるポストが無いから、研究させてくれる国に出ていくしかないっていう危機的な状況なんだよ。
直接の原因は独法化とか文科省と財務省。 》 デムパ(Poisonous_Radio)
https://twitter.com/Poison_R/status/1316581794024550400
《 卒制指導にあたって共有しておきたいのは、事前予測に拘束されないこと、制作のなかで思考していくことである。例えば、制作のなかで起きるさまざまな エラーに、必然として、いわば啓示として対峙していくことである。エラー群をノイズとして淘汰したなら、制作は自己表現から出ない〈作業〉におわる。 》 中島 智
https://twitter.com/nakashima001/status/1316680242992345089