『ミシェル・セール』七

 清水高志ミシェル・セール  普遍学からアクター・ネットワークまで』白水社2013年初版、「第5章 『パラジット』」を読んだ。

《 智恵も力もない「弱者」でありながら、他社との関係で奇妙なほど優位な位置を得るもの。つねに傍らにいて、自分自身よりも強く賢い人間を利用し、 使いこなしさえする無力な存在。これが彼のいう寄食者(Parasite)である。 》 190頁

《 異なる物のあいだに等価性を生みだす行為としての最初の交換は、どこか欺瞞の色合いを帯びている。それは持て余した物を、親切めかして他者のほうへ 追いやる行為でもあるからだ。 》 196-197頁

《 交換関係が拡がっていくにつれ、当初の違和感はやわらげられ、「道筋がつけられ」た交換は安定化する。(中略)一般的等価物=《腐らない貨幣》は こうして生まれるが、それはもはや、腐り、変質するものたちから交換を通じてみずからを分離し、また分離するために交換を促す不変の素材=媒体である。 》  197頁

《 セールは寄食者を一般的等価物であると述べているが、寄食者はいつのまにか物=物体と区別がつかなくなっており、その影に隠れてしまっている。 貨幣という対象をめぐって生じるこうした事態は、じつは疎外と貨幣、労働とその外在化という、よく知られた問題と深く結びついている。 》 199頁

《 しかしながら、寄食者は疎外の不可避な流れの背後に隠れているだけでなく、「つねに戻ってくる」とセールは主張する。ここには一見したところ、 明白な矛盾がある。 》 201頁

 寄食者〜貨幣へと展開される論述はじつに鮮やか。眼から鱗が落ちる。私ごとき者には安易に要約できない論述の展開。「ジョーカーとしての寄食者」、 「腐敗の秘蹟」、「暴力と豊穣のあいだ」と、論述の対象は広がってゆく。
《 農耕や牧畜だけでなく、狩猟(動物を使って動物を狩り立てること)や経済活動にいたるまでの、さまざまな労働の根幹には追放や排除があり、寄食性がある。  》 217頁

 下手にまとめないほうがいい。いや、引用するのも憚れる一章だった。これまた理解には程遠い。いやはや知的刺激に満ちた一章ではある、と厚顔に言ってみたい (無理無理)。

 今朝は六時三十七分−3.9℃。いつまで続くこの寒さ。
 いつの間にか夜。いやあ、一日は早い。

 ネット、いろいろ。

《 わたしたちは「発想」さえあれば何かが作れると錯覚しがちで、だからこそ「発想法」ばかりに目が向いてしまう。でも「発想」と同じくらい、 あるいはそれ以上に根気と技術がいるのは、それを「形にする」ことだ。そして、重要な「発想」の多くは、実は「形にする」過程で生まれる。 》 Tak.
 https://twitter.com/takwordpiece/status/961454495812104192

《 【福島原発かながわ訴訟】「これぞ文字や写真では伝わらない原発事故被害の実態」。横浜地裁の裁判官らが浜通りを縦断〜非公開の”現地検証”を独占取材  》 民の声新聞
 http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/blog-entry-224.html