『ユリシーズ』十五(閑人亭日録)

 ジェイムズ・ジョイスユリシーズ III 』集英社1997年初版(元版は1922年刊行)、「第ニ部(続) 15 キルケ(続)」を読んだ。前解説。

《 再び言う。この挿話は戯曲体で書かれた夢幻劇である。怪奇映画のシナリオに近いとも言える。現実幻覚とを分けたが、これは便宜上のことで、実際はもっと混沌と しているし、どの登場人物が幻覚を見ているのか特定しにくい場合もある。すなわち複合的人物の内的せかい。小説論的に言えば、幻覚の主体の最も重要な者は、 この劇場の観衆としての読者である。読者がこのカーニヴァルに参加している。 》 12頁

 カーニヴァルというか、話がどんどん横滑りしていき、どんちゃん騒ぎの顛末。

 午後、源兵衛川中流、三石神社横の茶碗のカケラ、ガラス片を拾う。大きいモノはほとんど無い。重くなって終了。帰宅。汗ばむ。

 ネット、うろうろ。

《 ちょっとドキッとする 》 階段巡りツイッター
https://twitter.com/kaidanmeguri/status/1483074098368421891

《 ラジオやテレビの黎明期ならともかく、今の時代にNHKは必要あるのでしょうか。今のような報道姿勢ならなおさらです。気象庁に放送機能を移して、 天候や災害の情報を報道させればそれで済むような気がします。 》 ユクサ・ターヤ@本当の国益を考える
https://twitter.com/koueki2/status/1483215305304334337

《 「経団連、大学教育改革を提言」。“身の程知らず”とは、こういう口出しのことを言う。教育にあれこれ注文を付けるより、30年もの間実質賃金が下がり続けたことに ついての自己批判をするのが先だ。今の経団連に教育に口出しさせたら、日本の凋落にさらに拍車がかかるだけだ。 》 m TAKANO
https://twitter.com/mt3678mt/status/1482930698105520131