「詩のこころを読む」

 茨木のり子『詩のこころを読む』岩波ジュニア新書1980年3刷を読んだ。これはいい。「生まれて」の章、最初は谷川俊太郎 「かなしみ」。その冒頭。

《  あの青い空の波の音が聞えるあたりに
   何かとんでもないおとし物を
   僕はしてきてしまつたらしい         》

 この三行で脱帽。他の詩や他の人の詩歌も紹介しているが、紹介文もさりげなく目配りが利いて、気持ちよく読める。

《 生誕を単に、すばらしい輝きとして手ばなしで讃えることはできず、その背後にぴったりはりついている死を見逃せない のが詩人の表現なのかもしれません。 》 「生まれて」

 つづく「恋唄」の章にも一読忘れ難い詩が並んでいる。黒田三郎「それは」(『ひとりの女に』収録)冒頭。

《  それは
   信仰深いあなたのお父様を
   絶望の谷につき落とした
   それは
   あなたを自慢の種にしていた友達を
   こっけいな怒りの虫にしてしまった
   それは                  》

《 『ひとりの女に』は戦後出版された、もっともすぐれた恋愛詩集として、評価の高いものですが、今読んでも、少しの 古びも感じさせず爽快で、これが敗戦後の、人みな俄死すれすれで、難民のおんぼろ時代に書かれたとは信じられないくらい です。 》 「恋唄」

《 五年、十年、つきあったってうまくはとらえられない人の心ですが、良い詩は瞬時に一人の人間の魂を、稲妻のように 見せてくれることがあるのです。 》 「恋唄」

《 自分の思いを深く掘り下げてゆくと、地下を流れる共通の水脈にぶちあたるように、全体に通じる普遍性に達します。 それができたとき、はじめて表現の名に値するといえましょう。 》 「恋唄」

《 いつも思うのですが、言葉が離陸の瞬間を持っていないものは、詩とはいえません。じりじりと滑走路をすべっただけで おしまい、という詩でない詩が、この世にはなんと多いのでしょう。 》 「生きるじたばた」

 以上三つの引用、絵画にもそのまま通用する。

 金子光晴の長い詩「寂しさの歌」は昭和二十年五月五日に書かれた。その結び。
《  僕、僕がいま、ほんたうに寂しがつてゐる寂しさは、
   この零落の方向とは反対に、
   ひとりふみとどまつて、寂しさの根元をがつがつとつきとめようとして、世界といつしよに歩いてゐるたつた一人の 意欲も僕のまはりに感じられない、そのことだ。そのことだけなのだ。  》

《 「寂しさの歌」はその題名にもかかわらず、全体を支えているのは憤怒に近い怒りの感情で、それがきわだった特徴です。 》  「生きるじたばた」

《 私の子供の頃には、娘をつぎつぎに売らなければ生きてゆけない農村地帯があり、人の恐れる軍隊が天国のように居心地よく 思われるほどの貧しい階層があり、うらぶれた貧困の寂しさが逆流、血路を求めたのが戦争だったのでしょうか。貧困のさびしさ、 世界で一流国とは認められないさびしさに、耐えきれなかった心たちを、上手に釣られ一にぎりの指導者たちに組織され、内部で 解決すべきものから目をそらされ、他国であばれればいつの日か良いくらしをつかめると死にものぐるいになったのだ、と考えた とき、私の経験した戦争(十二歳から二十歳まで)の意味がようやくなんとか胸に落ちたのでした。 》 「生きるじたばた」
 ブックオフ三島徳倉店へ自転車で行く。東川篤哉『完全犯罪に猫は何匹必要か?』光文社文庫2012年19刷、アメリカ探偵作家 クラブ『ミステリーの書き方』講談社文庫1998年初版、デイヴィッド・ゴードン『二流小説家』ハヤカワ文庫2013年初版、計321円。

 ネットのうなずき。

《 頼むから、マトモな教育を受けたヤツが政治家になってくれ。 》

 ネットの拾いもの。

《 よくやること。車で道ゆずって良いことしたと思ってバックミラー見たら後ろに車一台もいないってやつ。 》

《 3Dプリンタによる銃の製造に関しての高専生の意見

  機械科「3Dプリンタなんか無くても旋盤で作れるだろ」
  情報科「3Dデータの管理の問題」
  電気科「拳銃?時代はレールガンだろ」
  化学科「爆弾作る方が楽」
  土木科「コンクリ投げたほうが早いだろwwww」     》